第273回「卒業式で泣かない人」
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更新日:14 時間前
こんにちは。柴田エイジングケア・美容クリニックの柴田です。急に暖かくなりましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか? 3月と言えば卒業の月。当院にアルバイトに来てくれていたカーテン女王ことKさん(現在のクリニックの業者も手を焼いていたカーテンの取り付けをいとも簡単にやってしまった事から、私の中では彼女はカーテン女王と呼ばれている)も大学を卒業して就職し東京に行く事になったので、移転の時アルバイトに来てくれていたIさんと一緒に卒業祝い兼移転お疲れさん会を開きました。3人で念願の卓球をし、卓球後には卓球台をテーブルにした食事会で、移転の時のバタバタを懐かしんで思い出話で盛り上がりました。年度末でレストランは良いところが空いていなかったので、カプレーゼや温野菜など簡単なものを作ってthe bakeのパンを買ってきただけの会でしたが、普段は全く料理をせず、3食納豆とパックご飯かパック蕎麦…というKさんは、「久しぶりに体に良いもの食べられた〜」と大喜び。

Kさんは、野菜が高いので野菜の代わりについアイスを買ってしまうそうです。包丁も使わないので実家に返してしまったという徹底ぶり。でもうちで余っていたゆで卵メーカーは「ゆで卵いっぺんに作れるんですか? ゆで卵ぐらいは剥けますよ!」と、喜んでもらってくれました。Kさんはかつての女子大生というイメージではなく、自分が良いと思う事は良い、他人がどう見ているかは気にしない…というタイプに見えます。その一面で非常に丁寧な文面のお礼の手紙をくれたりと礼儀正しく、新しい時代を担う若い女性だなぁと感心しました。そんな彼女も今年で卒業し、新しい生活に向けて旅立っていきました。 このクリニック通信でも「卒業」というテーマで何度か思うところを書いてきましたが、最近ならではの懸念が頭から離れないので、今回はその懸念について書いてみようと思います。

まず、皆さんは「卒業」と言えば何を思い出します? 本当に思い出は千差万別、100人いれば100人の思い出が「卒業」にはありますよね。それくらい世界中でも「卒業」とは思い出深いイベントだと思います。私もそれなりに「卒業」には思い出がありますが、自分の思い出以上に心に刻まれているのは斉藤由貴の歌った「卒業」という曲です。当時は大ヒットした曲でもあるので、一定以上の年齢であれば知っている方も多いと思います。私にとって忘れられないパートは、何と言ってもサビの「ああ…卒業式で泣かないと、冷たい人と言われそう…でも、もっと哀しい瞬間に涙はとっておきたいの…♪」ってところです。いやぁ…昭和の名曲って、なんでこんなに人の心をキュン…と鷲掴みしてしまうんでしょう…(^_^)。女子の間では卒業式に涙するのが一種の儀礼というか当たり前…という妙な価値観があった時代に、「ああ…卒業式で泣かないと、冷たい人と言われそう…でも、もっと哀しい瞬間に涙はとっておきたいの…♪」と言い切るこの心理描画…うん、もう凄いです!

…ってこの歌詞の受け取り方も100人100様だとは思うのですが、私の中での解釈は、「卒業式で泣いちゃうのって本当は悲しいから泣いてるんじゃなくて、みんなが泣いてるから自分も泣く…という同調圧力とか感情伝播の一種なんでしょ。私だってみんなに合わせて泣いてもいいんだけど、そんな事の為に自分の涙を使うのは今はもったいないよ。卒業をきっかけに貴方にもう会えない自分がいる…という現実を受け入れて、いずれ本当に悲しくて泣きだしてしまう時が来るだろうから、その時まで涙をとっておきたいの…」という事でしょうか。いやはや、こんな歌詞を突き付けられて、私にも少しは残っている乙女心がキュンとならずにいられます??…(^_^;)

…とまぁ私の乙女心はさておき、この歌詞の素晴らしいと思うポイントは、「卒業式で泣かないと、冷たい人と呼ばれそう」というところです。卒業って人それぞれの思いがあって、必ずしも「悲しい」って事ばかりじゃないはずなんだけど、誰かが感極まって泣き出すと悲しいという感情が伝播して、悲しいと思っていなかった人まで泣き出してしまう…という集団心理を見事に見抜いており、さらにその雰囲気でも泣いていない人を見ると、「あ…あの人は冷たい人なんだ」と言われてしまう雰囲気まで作られる…という事ですね。この辺の事は心理学の用語では「情動伝染」として知られており、近年では神経科学の研究でこの現象は「ミラーニューロン」によって説明されます。(ミラーニューロンとは、他者の行動を見た時にまるで自分がその行動をしているかのように活性化する特殊な神経細胞です。ミラーニューロンの作用で、他人の行動や感情を見ると自分の脳でも同じ回路が活動し、「見る=体験する」に近い状態に脳がなる事が知られています。) つまりこのような体験は一般の人には普通にある事でして、寧ろそれを共感性がある…と呼んで良い事だと考える風潮もあります。反対に共感性がない、もしくは薄い人は、社会性がない→社会になじめない孤立した人格→引きこもりをおこすやっかいな人…というマイナスのレッテルを貼られる事もあります。ただ私から見ると、世の中の一匹狼と呼ばれるような人達は基本的に共感性というものを重視しておらず、孤立はしていても引きこもりとはまた違った心理の持ち主でもある気がします。

そうなんです!(唐突ですいません)今日の本当の話題は卒業そのものではなく、「情動伝染」がいとも簡単に利用されて、洗脳や人間のコントロールに使われるようになっていく…という社会問題に切り込む、硬派社会批評だったのです!!(^_^;)…と言っても難しい話ではなくて、簡単に言えばネットの情報ってなんか最近おかしくない??って事です。この前、友人と他愛もない話をしていた時にふと「あれ? 同じネットニュース見てるのに、あんたの見てるニュースと私の見てるニュース、違うんちゃう??」って思ったんです。その友人は政治的な思想とかが特にある訳でもない人なんですが、「戦争がすぐに始まるから日本から逃げる準備しなきゃ…」みたいな事を言うんです。私達はWというニュースのまとめアプリみたいなものを使っていたんですが、お互いにスマホに表示されたニュースを見せ合いっこすると、表示されている内容が私が見ているものと全く違うんですよね。あれれ??なんでなん? お互いにめっちゃ偏った思想のニュースしか表示されてないやん!ってそこで気づきました。

この事をIT社長の友人Mに話すと、「そりゃそうだよ…最近のSNSとかニュースサイトとかはその人が見た記事とか投稿とか、さらに何時にそれを何秒間くらい表示したとかのデータを全部収集して、この人が好みそうなニュースしか表示しないようにしているんだよ。あ…好みそうなというのはちょっと違うな。好む好まないにかかわらず閲覧時間が長くなるニュースや投稿って事だね。だから心に不安を抱えている人はその不安を煽るニュースの方が結果として閲覧時間が長くなるから、心が不安な人ほど不安を煽るニュースが表示される、そして不安だからついつい見てしまう…するともっと不安を煽るニュースが表示される…の悪循環になって、その人はその携帯アプリに釘付けにされるように作られているのよ」との事。情報配信側とすれば、その人がどれだけ長い時間そのアプリの前に釘付けされるのかが重要であって、ニュースや投稿内容が正しいのかなんて全く気にもしていないらしい…(と言うか、フェイクニュースの方が釘付け効果が高いので積極的にフェイクを使っている、みたいな…)これってヤバくないですか?? そして最近では、選挙のシーズンになると大量のフェイクニュースでSNSが一杯になるのですが、これは完全に「情動伝染」を狙って特定の政治家が当選するように闇の勢力が暗躍しているんだとか…(この話自体が陰謀論のような感じもしますが…(^_^;)。)

情動伝染」というのは、昔は卒業式とかコンサート会場や政治家の演説会場のように、物理的に人が沢山集まらなければ発生しない現象でした。(ネットでこんなに鮮明な映像と音声でコンサートの状況を楽しむ事ができるのに、やはりコンサート会場に行きたい人が多いのは、積極的に「情動伝染」を楽しみに行っているのでしょうね。) ところが、今はネットを通じて疑似的に世界中の人がつながっている事から、意図的にフェイクニュースやフェイクの投稿を使ってネットの中で「情動伝染」を作り出す事が可能になってきました。コンサート会場に行くように自分が「情動伝染」を意識できている場合はいいのですが、無意識に「情動伝染」を利用されて自分の感情をコントロールされてしまう世界になっている…というのが怖いんですよねぇ。現代の生活ではスマホやSNSはもう完全に生活の一部になっているので、いつ誰にどのようにコントロールされているかが分からず、防御するのも難しいと思います。

…って事を考えると、あれ?さっき社会不適合者の烙印を押してしまった「共感性のない一匹狼君」こそが、この時代における最強の人物像って事になりません?「卒業式で泣かないと、冷たい人と呼ばれそう…」でもこの「卒業式で泣かない人」こそがこのSNS全盛時代に最強の、自分をしっかり持った人…という事になるのかもしれません。そんな訳で、世の中の若い男性諸君! 卒業式で泣いていない女子を見かけたら、この人こそが貴方の将来の伴侶に最適な人かもしれませんよ!(^_^)。(実はなんか、最初に出てきたカーテン女王ことKさんは、そんな「卒業式で泣かない人」のイメージと重なるんですよねぇ…。)
「卒業」のシーズンは別れの季節でもありますが、新しい出会いのきっかけでもあります。既存の患者様は勿論の事、新しい患者様にも良い出会いがあるように、これからも頑張っていきたいと思います。皆様の変わらぬお力添えを、宜しくお願い致します。

