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第92回 (2010年11月)「秩序と混沌」



こんにちは! 柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。やっと秋らしくなりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか? 最近話題になった事と言えば、やはりチリの落盤事故ですね。サンホセ鉱山の地下700メートルに閉じ込められた、作業員33人全員の奇跡的な救出劇。過去に前例のない70日間に及ぶ救出作業は世界中から大きな注目を浴び、カプセルに乗って地上へ引き上げられた作業員らが家族と再会する場面は世界中に生中継され、大きな感動を呼びました。しかしその後の報道は、家族らが救出を待ったテント村で妻と愛人が鉢合わせした人の話題で持ちきりでしたよね。地元メディアは希代のプレーボーイになぞらえて「カサノバ」と呼び、’第3の女’疑惑も浮上したとか・・・。そして彼は病院を退院した日には妻宅には向かわず、地上で出迎え熱い抱擁を交わした愛人の元に。日本ではなかなか堂々とはできない事ですが、聞くところによるとチリというのはカトリックの秩序が厳しい国で、法的に離婚が可能になったのは2004年なんだそうで(それってかなり最近ですよね)、それまでは別れたくても別れられなかった為に事実上結婚が破綻しており、愛人と生活しているというのは結構普通の事らしいのです。離婚という制度があれば、離婚をして再婚をしていただけ・・・って事なんでしょう。色々な国にはそれぞれのお国柄があるもんだなぁって改めて思います。


ちょっと前にフランスのミッテラン大統領に隠し子がいるという報道があり、記者の人が「ミッテランさん。あなたには隠し子がいるそうですね?」と聞いたところ「いるよ。それで?」と聞き返されて「いえ。別に・・・」で終わってしまったという事です。そう言えば現大統領のサルコジさんもあれだけ女性にまつわるスキャンダルがありながら政治家としてはそんな問題には振り回されてないようですし、フランスというお国柄なんでしょう。これはチリだったら大問題になっているのでしょうね。(もちろん日本であってもこれだけスキャンダルが続けば間違いなく失脚しているでしょう。フランス人にすれば政治家なんだから政治手腕だけ評価すればよく、私生活なんて興味ない・・・って事なのでしょうね。)



地球っていうのも生態系という物凄い微妙なバランスの上で秩序を形成している奇跡の星だと言われていますが、実際には台風とか地震などは至る所で発生し、その秩序は局所的には常に壊され続けているようです。今年は異常気象で9月になってもずっと暑かったですが、自然界でも災害がどさくさ=混沌から秩序を生むんですよね。洪水が肥沃な土地を生んだり、「雨降って地固まる」と言うように、どさくさの後に新たな秩序が形成されるようです。全体が壊れない程度の局所のどさくさがあるのは地球の本来の姿だし、生物の本来の姿のように思います。局所に渡る細かいところまですべてを秩序で縛らねばならないというのは一部の人間だけが考える反自然な事だと思います。同じように社会もどさくさがないと硬直してしまって進歩がないんでしょうね。どさくさはチャンスであって、恐れすぎる事はないと言う人もいます。日本も明治維新のどさくさがあってこそ近代社会が始まり、第二次世界大戦後のどさくさがあってこそ経済大国に生まれ変わった訳ですから・・・。(戦後のどさくさと言えば、私の母は日銀(日本銀行)に長く勤めていたのですが、父曰くは母は「戦後のどさくさにまぎれて日銀に入った」のだそうな。日銀と言えば当事は超エリートの勤めるところだったので、父の言うことが本当なのかもしれません。それこそ、どさくさがチャンスだった訳ですね。)



さて、話は変わりますが、10月は美容外科学会(JSAPS)のパネルディスカッション(公開討論)の演者として学会長に招待されたので発表してきました。6月号のクリニック通信にも書きましたが、JSAPSというのは日本に二つある美容外科学会のうち、正統派を主張している方の学会です。4月のACR研究会(PRPの研究会)でPRPの血小板濃度とその効果について発表したのが美容外科学会の会長の耳に入って招待されたのです。パネルディスカッションというのは通常数人の演者が発表後、演台に並んで座り、一つのテーマについて公開討論を行うものです。今回のテーマは「PRP療法は効果があるのか」です。オイオイ・・・今更何を言っているの?って思われるかもしれませんが、もちろん、正統派学会を主張するだけあって実際のディスカッションはもう少し専門的なお話です。きちんと内容を説明すると難しい論文調になってしまいそうですので専門家の人が読むと批判されそうな事を承知で簡単に言いますと・・・。



PRPは2006年に初めて美容に使われましたが、その後PRP用の市販のキット(試験管のセット)が次々と発売され、PRPにFGFを混ぜるタイプのものも出てきて、現在はPRPにFGFを混ぜる派と混ぜない派があります。PRPって人によって効果の出る人と全く出ない人があるので(少なくとも他のクリニックではそうであるようです)、一定の効果が出せるようにPRPの中にFGFという人工的に作られた薬を混ぜると良かったのでそうした方がいいよ・・・と言う一派がいるのです。FGFというのは線維芽細胞増殖因子といって、ある種の細胞が増える事を促進させる薬と思って頂いて結構です。それを混ぜると今まで効く人と効かない人で不安定だった効果が一気に安定してきて、「こりゃいいぞ! 皆もそうした方がいいよ」と主張するグループです。ただ、これってそんな簡単な話ではないのです。FGFをPRPに混ぜた事でかなり深刻な副作用が起きたという報告も一方では上がっています。FGFってかなり強力な成長促進剤みたいなもんなので、それを入れすぎると副作用が出る事は当然考えられるのです。本来、PRPって自分の血液から作るので副作用が殆どなく安全であるというのがウリなんですが、それに人工的に作ったFGFを混ぜたもんだから、効果は上がるかもしれないけど時々副作用が出るという事です。(ただし、誤解のないように言いますと、どんな薬でも必ずと言っていい程、副作用はあります。問題はその副作用の出る頻度や程度・・・という事です。)そんな訳で、「PRPはそれ単体で使うべきでFGFなんて混ぜるべきじゃないよ・・・副作用が出たらどうすんの?」と言う一派と論争になっています。



私はもちろん後者の方の一派で、しかも周りから見るとかなりタカ派・・・のようです。どうしてタカ派かと言うと、私の主張は「PRPは自分の血液を使う安全な治療だからいいので、それでどうしたら効果が出るかを追求すべきであって、PRPで効果が出ないからと言って安易にFGFなんて混ぜるもんじゃない。・・・大体、PRP単体で効果が出せないのは自分できちんと濃度の調整もしなくて、市販のバカチョンキットを使っているからでしょ。それだったら効果がバラバラになるのは無理ないよ・・・人間は元々個人が持っている体質とか個性があるんで、それを無視して便利だからという理由で全員に同じ作り方でPRP作ってもそりゃ無理でしょ」って事をまともに言っちゃうからです。(もしかして田中真紀子みたいな発言なのかな?)周りの皆さんは「そ・・・そりゃそうかもしれませんが・・・ちょっと発言が過激なのではないでしょうか??」って心配されているようです・・・(^-^)。そんな事で今回のパネルディスカッションは「FGF混ぜるの推進派」と「混ぜない派」の一騎打ち・・・って事になってました。そこで、「混ぜない派」のタカ派である私が呼ばれたのだと思います。

実際のディスカッションの詳細は難しいの割愛しますが、結果としては大きな副作用報告があった事もあり、学会としては「安易にFGFは混ぜない方が良い」という事を採択する事になりました。ヤレヤレ・・・。もちろん学会ってのは論争をする事が目的ではなく、正しい知識と医療技術を広めるという事が目的なので、勝ったとか負けたとかはありません。それでも実際に二つの派に分かれて論争をするというのはどうしても一種の「盛り上がり」効果は出ます。「巨人ファン」と「阪神ファン」の対決・・・みたいなもんですね。



東京人(関東人)と大阪人(関西人)は永遠のライバルだし、至る所で対決していますが、生粋の関西人である私としてはそのような時は当然ながら大阪人を応援します。なぜか人間って物事を二つに分割して対立させる・・・って好きですよね。運動会だって紅白に分かれて戦いますし、スポーツだって殆どが2つのチームに分かれて戦います。5チームが入り乱れてバトルロイヤルなんてスポーツは聞いたことがないですねぇ。そう言えば関西ローカルが誇るTV番組で「探偵ナイトスクープ」ってのがありますが、その中で関東人の夫がよく「バカ」という言葉を使うのに疑問を持ったという関西の女性(自身は「アホ」を使うという)からの「アホとバカの境界線はどこか調べて欲しい」といった内容の依頼がありました。実際に探偵諸氏が手分けをして街頭インタビューや各地の教育委員会にアンケートを出すなど大規模な調査を開始した結果、名古屋近辺でアホでもバカでもない「タワケ」という言葉が使われており、実際にはアホとタワケの境界を探り、その後にタワケとバカの境界を探らねばならないという事になりました。そして調査をした結果、岐阜県関ケ原町の住宅街で「アホ」と「タワケ」の境界線と思われる地域を発見したため、岐阜県関ケ原町が「アホ」と「タワケ」の境界である、といった結論を出していました。その後、バカとタワケの境界線を探ろうとしたようだが番組の予算の関係でそこに決着を付ける事ができなかったようです。私はとっても興味あるのだけど・・・。その番組は私も実際に見ましたが、本当に娯楽番組の域を超えて何か日本の民俗学に貢献するのではないかというような面白いものでした。(実際にこの回の放送は民法各種の賞を受賞したようです。)


考えてみればこれだけ全国版のテレビとかインターネットとかが普及していて、新幹線や飛行機で人も行き来が簡単にできるのに日本の中に地域柄とか県民性とかが根強く残っているのは不思議ですよね。むしろ標準語が広まれば広まるほど関西弁はその存在意義を増しているような気がしてならないのです。人間って生まれながらに関西弁をしゃべる訳じゃないんだけど、たまたま幼少期を関西で過ごすと関西弁をしゃべるようになるし、その人達が移動して東京に行っても関西弁を残したまま少しだけ東京弁を取り入れるって事が多いようです。(逆に東京の人が関西に来て東京弁のままいるとハミ子にされるので、東京の人は必至に関西弁をしゃべろうとするが、どう考えてもイントネーションが可笑しい・・・やっぱり生まれと育ちが東京人だと頑張ってみたところで東京人なんですよ。)


なんだかこの現象って人間の細胞とよく似ているのです。受精卵が分裂した最初の頃の細胞はES細胞とか万能細胞とか言われて「手でも足でも目でも何にでもなる事のできる細胞」です。これらの細胞が分裂していくに従い、たまたま手のところで分裂をすれば手になるし、心臓のところで分裂すれば心臓になっていきます。そして一度、心臓になった細胞は手に移植してももちろん手にはなりません。「最初は何にでもなれる可能性を持っているにも関わらず、一旦それになるともう他にはなれない」って不思議だと思いませんか?(このES細胞とは何にでもなる可能性があるので、生体間移植しか方法がなかった臓器移植の問題を解決できるかもしれないという事で研究者の間ではノーベル賞に最も近い研究テーマとも言われています。)人間の細胞はそれになるまでは何にでもなれるのに、そうなってしまうと他にはなれない。じゃ・・・定着してしまった細胞が傷ついたらどうするの? それは周りの定着した細胞が傷ついた細胞を正常に修復してくれるのです。つまり、修復する程度に周りに正常な細胞が残っている限りは、部分的に細胞が壊れても周りの正常細胞によって綺麗に修復するというメカニズムが人間にはあります。逆に、人間の代謝というのは少しずつ古くなった細胞を壊して新しい細胞に入れ替えする事で正常な状態を維持しているとも言えます。これって地球とそっくりなんですよね。局地的には台風とか地震なんかで破壊されているように思うんですが、そこに新たな秩序が生まれて地球全体としては微妙なバランスをずっと保ち続けているし、全体としての生命を代謝によって維持しているようなのです。人間の体って本当に面白いですよね。





今までのクリニック通信にも書きましたが、今回の学会出席の為に、PRPにFGFを混ぜずに効果を出す事を推進する私としては、論争の準備に大変な時間を割きました。実際には学会準備にからんで、高濃度PRP用の新しいキットの開発が大変な労力をかけたのにメーカーの都合で中止になったり、その件でBタスというキットの輸入会社ともめたり和解したり、一時は発表するかどうか悩んだり、いろいろ大変だったんですが(詳しくはまたマニアックな方のための研究ブログでも立ち上げて報告しますね)、発表をしたことでFGFをPRPに混ぜる先生が少なくなれば結果的には患者さんのためになり、世の中に良いことをしたんだと思えば苦労も報われる・・・という事に落ち着きました。これも雨降って地固まる、ですかね。


そしてさらに、学会前にPRPの写真を整理していてある事に気付いたのです。今まではPRPは血小板が止血の際に成長因子を放出するので真皮のコラーゲンやヒアルロン酸が増加し、へこんでいるところが膨らんで症状が改善すると思っていたのですが、PRP前後の患者さんの写真をよくよく見ると、へこんでいたところは膨らんで、膨らんでいたところはへこんでいる・・・つまり壁を塗り直すように組織が修復して症状が改善している人が何人かいたのです。これまでの経験とモニター試験結果から、細かく注入した方が効果があることは判っていたのですが、今まではそれが出血が多いから止血に働く血小板が成長因子を多く放出するからだと思っていました。しかしそれは、細かく針で突くことによって組織が一旦壊れ、修復されるから綺麗になるのではないかと思ったのです。今後の治療の研究に生かせそうな事を発見して、ちょっと嬉しくなってきました。お肌も一旦壊れて混沌に陥った方が、新たな秩序が生まれて綺麗になるのかもしれませんね。(もちろんその為には修復に必要な正常細胞が周りに多数残っているって事が条件ですが)混沌はやはり新たな秩序と代謝を生むために必要なものだということに、いろいろな面で気付いた秋でした。


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