
あけましておめでとうございます! 柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。旧年中は皆様には大変お世話になり、ありがとうございました。お陰様でこの不況の中、なんとか生き延びて新クリニック2回目のお正月を無事迎えることができ、感謝に堪えません。今年もより良い治療をよりリーズナブルに提供して皆様のお役に立てるよう、いっそう研究に励む所存ですので、宜しくお願い致します。 さて、今年も未来に向かうため、昨年一年間を振り返ってみました。わがクリニックのこの一年での一番大きな変化は、昨年のクリニック通信一月号で「新しいチャレンジ」として述べたように、スタッフに留学生を採用したことです。クリニックを移転する際に、クリニックのメンバー全員が「シミ・シワ・たるみ・クマ治療の専門家集団として、最も安全で確実な効果を出せる治療法を追求し、美容医療を通じて多くの人を幸せにする」という同じ目標に向かって進み、皆様にもより専門的な知識と技術を提供できるようにするため、「院長は研究所長、スタッフは研究員と考える」というコンセプトを立てて研究員を募集したのですが、甘やかされた日本の若者にはしんどくてもプロを目指そうという人は少なく、常に人員不足・・・という状態だったので、人材を広く世界に求めることにしたのです。この作戦は大成功でした。それまではいつも募集をかければ応募は何十人も来るのですが、履歴書を送ってくるのは半分、面接に至るのはさらに半分、採用できるのはその半分もなく、ハードルを下げてやっと採用しても、必死で勉強しないといけないと解った途端に採用辞退か連絡が取れなくなるのが半分、残った一人か二人は入ってもなかなか続かない…という状態でした。お陰で常に人手不足で、私の出身大学のクラブの現役部員や看護科の学生などのバイトに助けられながら、なんとか人をやりくりする日々。募集で採用した人の中には、常識はずれまくりで3日で辞めた新卒や、寝坊してそのまま無断欠勤してクビになった学生もいたし、いい年の中途採用でも1週間や1ヶ月で辞める人もいてなかなか人員が安定せず大変だったのですが、留学生を採用してからは全員半年以上続いています。4人採用した留学生のうち最初に来たSちゃんが9ヶ月目でお父さんが怪我をして故郷に帰ってしまいましたが、残る3人はかなり頑張っています。

当院で採用した留学生は日本語学校の先生の話によると特別優秀な学生らしいのですが、やはり言葉の壁を乗り越えてでも海外で勉強しようというだけあって、甘やかされた日本の若者よりずっとやる気があり、学ぼうとする姿勢が違います。私が教えることは必死で吸収しようとするし、時間外でも気にせず仕事や勉強に励んで遅くまで帰らないので、時々私から「今日はもう終わろか」と言う位。そのハングリー精神に刺激され、日本人スタッフもやる気満々になってきていい感じです。皆とても仲が良く、笑いの絶えないクリニックになって来ました。クリニック通信にもよく登場する人気の韓流B君の他にも、隠れた人気者は青島K君です。青島K君は几帳面すぎてやることが遅く、正直すぎて要領が悪いところはありますが、憎めない性格で笑いを取り、皆に可愛がられています。彼はなかなか日本語が上達せず一時は勤続が危ぶまれたのですが、彼の母親役のような日本人スタッフ、昭和のNさん(彼女はIT系の最新ツールに弱いので「昭和やなあ」とよく言われるのですが、全然知らない事でも一から頑張るガッツを持っているので、留学生達とわたりあえています)が大阪弁を教えると、なぜか大阪弁はメキメキ上達。青島K君の研究室の席を日本語の(大阪弁の?)勉強のために私の横にしてからは、K君は私の口癖を密かに覚えて小声で繰り返していたそうな。それが今ではクリニックの流行語に…。年末にはクリニックの「流行語大賞」までできました。それらをちょっと紹介すると、1位は「がーん…しもた!」、2位は「なんでやねん」、3位は「もうあかん」、4位は「ちゃうちゃう」…といった調子。流行語大賞はほとんど私の口癖ですが、K君の口癖も結構流行語になっています。職場で流行語ができるなんて、仲が良い証拠ですよね。こんな事は近年稀に見る事なので嬉しい限りです。やっと今までの苦労が報われた感じ…。

次に大きな変化は、全員で定期的にミーティングをするようにした事と日報で毎日学んだ事を報告するようにした事、それによってスタッフが自分で考えて仕事をするようになってきた事です。日報は去年の3月から、ミーティングは8月から始めました。日報を始めた頃は大変で、終わるのが10時を過ぎることもよくありましたが、最近はスムーズになってきました。ミーティングについては以前のクリニック通信でも少し紹介しましたが、まずは人間としての教育のために訓話を通してスタッフがどう向上すべきかを考え、次にクリニックが向上する方法を皆で話し合うというものです。私がミーティングで訓話を始めた理由は、若い人たちに「先人の知恵」を継承し、皆に回り道をせず、早く成長してもらうためです。また、会社は顧客にメリットを与えると同時に従業員にも成長できるというメリットがなければ良い人材は集まらないし、育たないと思ったからです。最近はそれに加えて勉強会も始めました。旧クリニックでは、時間外に勉強会なんてしようものなら参加者は0…というような状態でしたが、今は皆熱心で、勉強しようという意欲が違います。韓流B君の韓国での学会の報告などは、何も教えていないのに自分でスライドを作って、完璧な発表でした。

10月には診療・施術・広報・企画・経理といった各部門を作り、部長を決めて役割分担をするようにしました。すると地道な作業には定評のある、おなじみのリーダー格パスツールK君が、各部の部長・副部長・担当と役割をまとめた組織図を自ら作ってくれました。人数が少ないので、部長・副部長と担当は兼任ありまくりなのですが…。(以前知り合い の二人しかいない事務所で、部門が二十以上ある膨大な組織図を見せてもらったことがあり、感心しながら笑ってしまいましたが、それを思い出しました。)組織図で役割分担も明確になり、最近はミーティングでもよく意見が出るようになって、皆自分で出した意見なので責任を持って実践するようになってきました。企画部長の漢流Nさんなども、化粧品やパンフレットのディスプレイなどにアイディアを出しまくって大活躍。広報部長の韓流B君も、ホームページの改善案など次々と出してくれますし、施術部長の昭和のNさんの指導の元、皆マッサージなどの施術の練習にも余念がありません。専門知識の更なる習得や「報連相」(報告・連絡・相談)の徹底など、やるべき事はまだまだありますが、クリニックを良くするための事をスタッフ自ら考えてできるようになってきて、皆が同じ目標に向かって進むという理想のクリニックに近づいてきました。こういう変化はより良い技術と知識の提供に結びつき、きっと皆様のお役に立てるようになると思います。



そんな状況になってきたのでさらに研究もしやすくなり、新しいメニューとしては注射をせずにシワやクマを改善できる新レチノイン酸療法と点滴マッサージサービスができ、PRPも作製方法を改良してさらに安全で効果が出るようになりましたし、メソリフトの新麻酔もさらに改良を加えて痛みが非常に少なくなりました。以前の麻酔を知っている患者様には「全然違うね~!!」と言っていただけて嬉しい限りです。(旧クリニックでメソリフトが痛かった患者様には申し訳ない限りですが…。)まつ毛が伸びる新薬「ルミガン」もスタッフ全員で試し、さらにモニター試験中ですが、皆「まつ毛が濃くなってしっかりしてきた」「マスカラを塗る時に良く判る」と言われ、計測すると順調に伸びています。(私は普段全くマスカラを塗らないので、自分ではルミガンの効果は「ようわからんなあ…」と思っていたのですが、ルミガンを塗り始めて2ヶ月ほど経った時、綿棒でまつ毛を触ってみてびっくり! 明らかに濃く、太くなり、弾力が出ていて塗っていない方のまつ毛と全然違いました。)これらの新メニューの中でも点滴マッサージは昭和のNさんが提案して漢流Nさんらと一緒に研究したもので、PRPの新しい作成方法もパスツールK君の提案が大きな鍵となり、麻酔の研究も意欲的に全員で試したりして、やっと研究所らしくなってきたのが去年一年での変化です。今年はさらに力をあわせ、これらの研究をもっと充実させようと思っています。

さて、スタッフの目標の中には「専門家を目指す」という事があり、ミーティングの訓話でも「プロ(プロフェッショナル)とは?」という話をした事があります。そもそもプロって何でしょう? 辞書などを引くと、プロとは「なんらかの技能によって収入を得、その道で生計を立てている人」であり、その技能が趣味である「アマチュア」とは違う、とあります。韓流B君の愛読書である松下幸之助著の「道をひらく」という訓話集(韓流B君の愛読書にはこの他にもマルクスの「資本論」などがありますが、全て日本語の本です。なんちゅう若者や…)にも、「プロの自覚」という章があり、「プロとは、その道をわが職業としている専門家のことである。職業専門家とは、その道において一人前にメシが食えるということで、いいかえればいかなる職業であれ、その道において他人様からお金をいただくということは、すでにプロになったということでアマチュアではない」という冒頭から始まり、「会社に入ったら月給がもらえるが、月給をもらうということはプロの仲間入りをしたということで、アマチュアではないので、プロとしての厳しい自覚と自己練磨が必要となってくるはずであるが、お互いにプロとしての自覚があるかどうか?」と問いかけています。この問いかけには同感です。プロという言葉の定義から言うと、その道でお金をもらい、生計を立てていればプロということになりますが、仕事をして給料をもらっていてもプロ意識のない人は世の中に溢れています。そうなると、なんかたいしたことのないプロもたくさんいることになってしまいますね。そんな中、若いスタッフにはどんなプロを目指すように導けばいいのだろう?

そんな事を考えている時に、一昨年お知り合いになったT塚のWさんから電話がありました。Wさんは、T塚の元男役トップスター。とても有名なのに、気さくですごくいい方です。一昨年のクリニック通信11月号に、ディナーショーの席を特別に取っていただいたお話を書いたので、今回も「お名前は伏せますので、クリニック通信にまたWさんのお話を書かせていただいてもいいですか?」とお聞きすると、「どーぞどーぞ!そんな毎回許可なんていりませんよー!いくらでも書いていただいて結構ですよ。名前も出していただいて全然構いませんよ!」なんて言ってくださいました。なんていい方でしょう! お言葉に甘えてお名前を出してしまいますと…WさんのT塚名は知る人ぞ知る、「紫苑ゆう」さんです。かの「ベルサイユのばら」のオスカルやフェルゼン役を務められ、退団して15年も経つのに毎年開かれるディナーショーは定員の1000人があっと言う間にいっぱいになってしまうという超人気の方。一昨年はそのディナーショーのチケットを特別に取ってくださったのですが、その後バタバタしてきちんとお礼ができなかったので、昨年の秋に例の母の梨を贈ったら、今度はT塚の小劇場で開かれたリサイタルのチケットを特別に取ってくださったのです。そのリサイタルも、チケットを取っていただく前に行こうかな…と思って売り出しの日にネットを見たらもう売り切れ。その人気に改めて驚いてしまいました。

今回のリサイタルはT塚ファンの知人とは日程が合わなかったので、スタッフの昭和のNさんを誘ってみると、「えーっ、私なんかが行かしてもらっていいんですかー?!」と大喜び。そして「B君も行きたがるんじゃないですか? ベルばらの大ファンですし、T塚の公演見に行きたいって前から言ってましたから…」そう言えば、ソウルでの学会でB君のおうちに招待された時、B君の勉強部屋には韓国版ベルばらのコミック本がありました。オスカルのセリフがハングル文字になっていて驚きましたが…。(韓国版なんであたりまえか。)B君を誘うと「僕に良さが解るでしょうか…?」とためらっていましたが、Nさんに「絶対行った方がいいよー! こんな有名な方の舞台なんて、先生のお知り合いじゃなかったら絶対にチケット取れないし、めったにない機会だから!」と半ば強引に説得され、3人で行く事になりました。T塚は私が20年以上前に、神戸の山奥の病院にいた時の院内旅行で1回見ただけで、他の2人は初めてです。土曜日の夕方だったので、診察が長引いて到着が開演ぎりぎりになってしまいました。ホールに着くともう受付もありません。T塚音痴の私達以外のお客さんは紫苑さんの大ファンばかりなので、皆早めに来られるみたい…。係の人に席に案内されると、前の方のすごく良い席で、周りのファンの人達に悪いくらいです。ホールは満席で熱気ムンムン。舞台が始まり、カッコイイ衣裳姿の紫苑さんが登場すると拍手の嵐! 一昨年のディナーショーも素敵でしたが、今回は舞台の造りも凝ってるし、音響も良いし、軍服やマント姿、燕尾服など衣裳も次々替えられるし、歌も踊りも満載で「初めての方でも楽しめ、男役:紫苑ゆうの魅力を余すところなくお伝えできる作品」というパンフレットの言葉どおりのリサイタルでした。「T塚の貴公子」と言われる立ち姿、軍服姿のカッコ良さもさることながら、ホールに響く透明感のある美声にも魅了され、初めて舞台を見たB君も「歌が本当に上手ですね」と感心していました。しかし何より私が驚いたのは、現役さながらの華麗なダンスです。「えーっ、なんであんなに軽やかに踊れるのー?? なんであんな足上るのー??」(めちゃ素人発言ですいません。)紫苑さんって確か私と同じくらいの年だったのでは…?と思うと、やっぱり本物のプロの領域に達した人は違う、と真剣に感動してしまいました。

その後、友情出演のM一さんとの掛け合いのトークはめちゃ面白く、紫苑さんの人柄がすごくよく出てて最高。(韓流B君がギャグを理解して笑ってたのにも驚きましたが…。)何度もアンコールが要求され、最後に幕が下りる瞬間、紫苑さんが投げキスをされると、近くにいたファンの方が号泣!これにはNさんもB君もびっくり。しかし退団されて10年以上経ってもこんなに多くの人達を釘付けにしてしまうなんて、真のプロは違うなあ、と改めて感心したのでした。ホールを出ると、ファンの方がずらっと並んで楽屋から出てくる紫苑さんをいつまでも待たれているようでした。それにも驚きながら、NさんもB君もいたく感動したようで「私達も本物のプロを目指さなきゃ…」と言いつつ帰路についたのでした。 芸能やスポーツの世界では、真のプロに値しなければお客様はたやすくお金は払ってくれないので、プロを志すことは容易ではないし、プロであり続けるための努力も並大抵ではありません。芸能やスポーツの世界でなくても、真のプロとは、その技能が圧倒的に優れていて、「この人でないと」と頭を下げて仕事を頼まれる人の事を言うのだと思います。以前、その道50年の筆職人の話を聞いたことがあります。書道の大家はその人が作った筆でないとダメらしく、皆その人の作った筆が使いたくて半年以上も待っているのだとか。そういう領域に達してこそ真のプロと言えるのですね。本当のプロになると、頭を下げて仕事を頼まれるという素晴らしい世界に入れることを知って、そういう人を目指して欲しいとスタッフに説くと共に、自分にも言い聞かせました。医者も資格があるだけではいけません。「先生でないと」「先生にお願いしたい」と信頼されて頼まれるプロの医師を目指して切磋琢磨したいと思いますので、今年もよろしくお願い致します。