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第79回 (2009年10月)「イデバエ研究奮闘記 」



こんにちは! 柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。すっかり涼しくなり、秋らしくなったこの頃ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか? この季節になると我が家で必ず話題に上るのが「梨」です。去年のクリニック通信10月号でも登場しましたが、私の母が20年前からひいきにしている神奈川県の梨園の「豊水」という梨がめちゃくちゃ美味しいのです。(やはり食欲の秋ですねえ・・・。)いつも母がクリニックに10kg箱を2つも3つも送って来るので、この時期にクリニックに来られた患者様にはおすそ分けしたことも何回かあります。ところが今年は、梨の花が咲く時期に関東では雨が多かったらしく、梨が不作だとか。おまけに母が年いってボケてきたのか梨に懸ける気合が減ってきたのか、申し込むのが遅かったらしく、豊水がほとんどなくなってしまったのです。しかし毎年大量に頼むので梨屋さんが気を使って他の品種をいろいろと送ってくれました。梨と言えば昔は二十世紀しか知りませんでしたが、そこの梨園には豊水・南水・秋月・香・新高…と、いろんな種類の梨があります。私はジューシーな豊水が一番好きですが、南水は少し硬いけど甘いし、秋月はその中間ぐらいでみずみずしいけれど歯ごたえもあります。梨の食べ比べもこの季節ならではの贅沢かもしれませんね。しかし梨屋さんの話では、母は毎年50件以上の送り先リストを手書きで書いて送るそうな。まあ、昭和の人なんでアナログなんですなあ・・・。梨屋さんに、「来年はパソコンで打ってあげたらいかがですか? そしたら毎年書かなくて済むし、申込も早くなるのでは?」と言われてしまいました。来年は私がPCで送り先リストを打って、豊水をたくさん確保しようと思っています。(美味しいもののためなら嫌いなPCも進んで打てるんですねえ。ほんと、どこまで食いしん坊なんだか・・・。)





さて、梨と言えば最近私もお世話になった方に送るようになりましたが、いつも母の梨が届いてから思い出して頼むので、今年は豊水は送れず、他の種類の梨になってしまいました。送り先は、今年は例のDMAEの研究でお世話になった方が多かったのですが、このDMAEの研究は思ったより難関で、なかなか進みません。DMAEというのは、今年のクリニック通信5月号で紹介した「イデバエ」というたるみ取りの注射に含まれている新しい成分です。イデバエの情報を入手したのは今年の4月でした。(本当に月日の経つのは早いなあ・・・。)PRP友達のM先生が新しく赴任した東京の美容クリニックで使っていて、「あれはいいよ! 先生もしてみたら?」と勧められて取り寄せてみたのです。試しに自分で打ってみると、1回目の後はお肌はツルツルになりましたが、M先生が言うほどはリフトアップしません。「あれ? おかしいな。M先生はすぐにリフトアップするって言ってたのに・・・」M先生に聞いてみると、「ああ、深く打つとあまり効かないんですよね。なぜだか解らないんですけど、浅く打つと効くんですよ・・・」 え? メーカーから取り寄せた資料によると、DMAEはアセチルコリンの前駆物質で、筋肉の緊張を高めてたるみを改善する薬のはず。正規輸入代理店の担当Fさんもそう言ってたし、打ち方の説明書にも45度の角度で針を刺入し・・・と深めに打つように書いてあったので、筋肉に近い方が良いと思って深めに打ったのですが・・・。不思議に思いながら、言われたとおり、2回目は浅く打ってみました。すると、1回目より効いた感じ! そこで、知り合いでモニターを集めてみました。説明書とM先生によると、週に1回のペースで4回打ち、その後は2週間に1回を2回、月1回を2回でフォローアップするという話だったので、取り合えず週1回ずつ、4回打ってみることに。違いを比較するために、頬の半分だけ打ってみました。すると、評判は上々。「違いますねー! やっぱり打った方は上がってる! それにちょっと顔が小さくなった感じ!」「お肌の状態がすごく良くなった! でも反対も少し良くなったかも?」皆口をそろえて言います。翌日からリフトアップしたという人もいました。しかし反対側まで良くなるのはなぜだろう?? やはり一過性のアセチルコリンとしての働き以外にも、何かありそうです。でも、一箇所にたくさん打つとたまにかさぶたができたりするので、ちょっとリスクもあるかも。しかし全体的にはたるみが引き締まり、お肌はツルツルに・・・。Kさんは、「下向いた時のたるみが違うんですよねー!」と、下向いた写真も撮りました。スタッフのNさんは頬のニキビ跡が1回でめちゃくちゃ綺麗に! 「わあー、全然違う―!」と感激もの。「早くメニュー化しましょうよ!」と、皆の注目を集めたイデバエだったのですが・・・。



ところが、メーカーが資料として送って来た英語の文献を読んでみると、意外な事が・・・。自分でもDMAEの文献は検索してみたのですが、世界的にまだ研究が進んでいないようで、英語の文献4つしか見つかりません。学会に行くたびに有名な先生をつかまえては聞いてみたけど、皆DMAEの事はほとんど知りませんでした。まだあまり知られていない物質のようです。見つかった英語の文献4つのうち3つはメーカーが送って来た文献と同じでした。4つのうち2つはDMAEを皮膚に塗った場合の臨床試験(モニター試験)、2つは培養した線維芽細胞(真皮でコラーゲンやヒアルロン酸を作る細胞)にDMAEを加えた(振りかけた)実験の文献です。3%のDMAEジェルを塗った臨床試験ではシワ・たるみが軽減し、1年間塗り続けても副作用はなかったとのデータが出ていましたが、線維芽細胞にDMAEを加えた実験は、一つの実験では細胞が空胞化(細胞の中に泡のようなものができること)し、もう一つの実験では細胞の増殖が止まってアポトーシス(細胞の自然死)が増え、細胞の数が減ったとの結果。・・・え?? 細胞の数が減ったらあかんのちゃうの?? それに、空胞化したら普通は細胞は死ぬはず・・・。これも具合悪いんちゃう?? 通常はシワ・たるみの治療と言えば、線維芽細胞を増やしてコラーゲンやヒアルロン酸の産生を増やすというのが常識です。だから線維芽細胞増殖因子や血小板が出す成長因子を利用する訳なのですが、この実験結果は逆なのですから「?」です。それに、DMAEの濃度が問題。実験では、イデバエに含まれる1/1000の濃度のDMAEを線維芽細胞に加えていて、それでもDMAEの濃度が上がるほど細胞の数は減るという結果なのです。これって、イデバエのDMAEは濃すぎるんちゃう?? もう、謎がいっぱいです。同じ文献から「DMAEの安全性に疑問」としているサイトも見つかったし、「最も安全で確実な効果の出る治療法を研究開発して提供する」事をコンセプトとしている当院としては、これは真剣に調べなくてはいけません。



それから、英語漬けの毎日です。韓流B君やパスツールK君にも翻訳を手伝ってもらって、何回も文献を読んで検討。私は英語が苦手でしかも培養細胞の実験には詳しくないので、生化学専門のブレインK氏や先日の学会で知り合ったS堂のSさんの協力を得たり、解剖学教室にいる後輩や薬理学専門のUさん、元皮膚科教授のI先生や形成外科出身で英語堪能なM先生と相談したり・・・。常に文献を持ち歩く生活になってしまいましたが、なかなか結論が出ません。


それにしても、メーカーから最初に送って来た日本語の説明書と、英語の文献の内容が違いすぎるやん。それらの資料はすべて日本の輸入代理店を経由して来るので、輸入代理店の担当のFさんにまた質問攻めです。Fさんは、5月号でも登場した、「イタリアの会社って結構いい加減というか大雑把で、『効けばいいじゃん』ってな感じで詳しい理論とか説明してくれない事が多いんですよね・・・」と言っていた人です。Fさんに文献の疑問点や、注射の安全性を確認したデータはないのか、イデバエの培養細胞での実験や動物実験・臨床試験はしたのかなどを聞くと、 「私も時々先生に聞かれるんでメーカーに問い合わせるんですが、メーカーはいつも『そういうデータはない』って言うんですよね。培養細胞での実験はしたらしいんですけど、動物実験も臨床試験もしていないしCE(ヨーロッパの厚生労働省のようなもんです)でも認可されていないって事なんですよ」

えーっ、そんなんで注射薬として販売してええの?? 文献の疑問点に関してはFさんも良く解らないのでメーカーに問い合わせてみるという事で、取り合えず培養細胞での実験データも送ってもらうように頼みましたが、イタリアに問い合わせをかけると、返事が返って来るのがびっくりする程遅いのです。メールなのに船便かと思うくらい遅い。メール使ってる意味ないやん。一つ聞いたら2-3週間はかかり、またその返事がトンチンカン。培養細胞での実験データを頼んだのにパッチテスト(皮膚に薬剤を塗るテストなので注射薬のテストとしてはあまり意味がない)の結果を送って来たり・・・。そしてそれを聞き直すとまた2-3週間かかり・・・てな具合でどんどん日が経っていきます。



そんなある日、イタリアから機械を輸入する仕事をしている高校の同級生に会ったので、ついその話をすると、イタリア人、特にローマやナポリの人は、結構まともな人でもめったに返事を書かないのだと教えてくれました。そして問い合わせの返事を得るには、うるさく何度も何度も(1日に5~6回とか)電話してやっと返事が来るのだとか。イデバエのメーカーの工場はローマにあり、輸出部門はナポリにあるので最悪です。しかも時期は7月後半。6月に出したメールの返事がまだ来ず、来月には問題を解決してモニター募集をしたいので困っている、という話をすると・・・


友人:「えっ、それはやばい!! イタリアはほとんどの会社が8月全部休むのよ! 下手したら返事が来るのは9月よ」

柴田:「え??(耳を疑う) 8月全部?? 最初から最後まで??」

・・・あり得ん。

友人:「そうなのよ。私もこの時期は仕事では苦労するの。おまけに、7月後半はもうすっかり休みモードにはいって『休暇はどこ行く?』っていう話ばかりになって、9月前半は『休みはどこ行った?』って話で持ちきりで、仕事しないのよ」


・・・しばし絶句。なんちゅう国や。しかしそんな、9月までなんか待たれへん!! そこでその友人に問い合わせのメールを転送したら、イタリアのサプライヤー(取引先の人)から催促の電話をしてもらえることになりました。しかしサプライヤーが何度も電話すると、メーカーは「もう回答した」と言うそうで、でも実は「来週回答する」というメールが来ただけで回答は来てなかったリ・・・。イタリア人って嘘つきなのかな? 取り合えずメールは出した・・・って事なんでしょうか。(蕎麦屋の出前みたい。)そうしてやっと来た回答がまたまたトンチンカン・・・! こらあかん。その上、輸入代理店の担当Fさんが会社を辞めて独立してしまい、担当が新任の人になったので余計話が進まない。結局メーカーからはまともな回答が得られないまま夏休みに突入してしまったので、メーカーの顧問のドクターに直接メールすることにしました。



顧問ドクターのメールアドレスはFさんから聞いていたので、「なんぼなんでも医者まで1ヶ月休んだりはせえへんやろ」と思いつつ、時間をかけて結構丁寧なメールを英語で打ちました。イデバエの効果を絶賛すると共に、日本人は美容に使用する薬剤でも作用機序や薬理効果の理論を重視しますので…という前置きで、文献の疑問点やイデバエ開発の経緯、濃度をどうやって決めたか、など質問したのですが・・・一向に返事がありません。新任の担当者は「顧問ドクターとは面識がないので・・・」とひたすら待つ事を決め込んでいます。そんなこんなで、とうとう8月も終わってしまいました。


そんな時、独立したFさんが「立ち上げた会社がやっと落ち着いたので・・・」と挨拶に来られました。そこでイデバエの経過を話すと、

「それは申し訳ありません!! 顧問ドクターとは何回も会ってますので、私から連絡を取ってみます」と言ってくれました。ところが、その返事は・・・


Fさん:「先生、申し訳ありません・・・。8月いっぱい休暇なので、もう少し待ってくださいとのことで・・・。」

柴田: 「え? もう9月やけど? 8月と9月の間違い?」

Fさん:「いえ、その・・・8月いっぱい休暇だったので、9月は休みモードだとか・・・」


友人の言ってた事は本当でした。しかもドクターまでも・・・。これもお国柄なんでしょうかねえ。

(どんだけ脳天気な国やねん。)





結局現時点では、DMAEは皮膚に塗るとシワやたるみを引き締める効果は確実にあり、塗るだけなら1年続けても問題はないという臨床データは出ているが、注射薬としては細胞実験レベルのデータしかない。それも細胞に空砲化という変化を起こすが、それがシワやたるみに効果を出すメカニズムは解明されていない、というところまで解りました。アセチルコリンになって筋肉を収縮させるというより、皮膚に局所ホルモンのように働くのではないか、とは文献にありますが、まだ完全には証明されていません。そしてイデバエのDMAE2%という濃度が安全かどうかはまだ証明されていません。(メーカーの細胞を使った安全性の試験では、1%のDMAEしか使っていないのです。注射薬として2%を使うなら、2%で試験しないといけないはずですが。)問題の細胞数が減っている実験は、生化学のエキスパート・S堂研究室のSさんに見てもらうと、実験結果のグラフから1回しか実験していない事が判り、実験というものは通常は3回以上しないと再現性がないのであてにならないとのこと。やっぱり専門家は見るところが違いますね。そして細胞の自然死が増える事が組織の再生を促すかどうかは疑問です。細胞にダメージを与えて再生を促す方法もありますが、その場合は壊死(細胞が物理的破壊や科学的損傷・血流の現象などによって死滅する事)であって自然死ではないので・・・。と、少し難しい話になってしまいましたが、まだまだ追加実験などの必要性がありそうです。


イデバエはイタリアでは6年前から注射薬として使われていて何の問題もないとメーカーは言いますが、彼らの事ですからあてにはならない気がします。現在臨床データを請求中ですが、まだ返事がありません。日本でも2年位前から1000本以上使われていて副作用の報告はないそうですが、きちんとしたデータを出しているところはないので、やはり当院としては、その作用機序(メカニズム)や安全性を確認してから使いたいと思います。実際には作用機序は良く解ってないけど効果はある、という事もありますが、例えばもう結構ポピュラーになった、たるみを取る高周波機器・サーマクールなどでも、「熱で皮下組織に瘢痕を作るので引き締まったように見えるが長期的には良くない」と、まともな先生の間では疑問視されていますし、そこはやはり慎重にしたいものです。そして実はイデバエは輸入の時も化粧品扱いだということが判りました。ヨーロッパでは化粧品では倫理上の問題から動物実験をしないようになっているので、その関係で細胞実験しかしていないようです。注射薬はやはり動物実験や臨床試験が必要です。注射薬を化粧品に使う事はありますが、逆はやはりよろしくありません。



そんなこんなで、期待したイデバエを使えそうな時期はまだまだ先、ということになってしまいました。すごく効果があるのにくやしいけど、安全性の確認のためですから仕方ありません。現時点では、安全で効果も実証されているPRPでたるみを取る方法を考える方が現実的なようです。そして、DMAEも塗るだけなら臨床データも出ているので、まずはクリームを作ろうかなと思っています。


・・・たるみに速効の新薬、と喜んだイデバエはすぐには使えず残念でしたが、代わりに一つ耳寄りな情報を得ました! イデバエの輸入代理店から独立したFさんが「まつ毛を伸ばす薬」を扱うようになったので、宣伝に来られたのです。その薬は「ラティース」という元々緑内障の治療薬で、その副作用でまつ毛が伸びることが判り、「まつ毛を伸ばす薬」として売り出されたものだそうです。資料をもらったところ、こちらはFDA(米国医薬品局)でも「まつ毛貧毛症治療薬」として承認が取れていますし、薬理作用もはっきりしています。臨床試験のデータもあり、1日1回の使用で137人中4週間で15%、8週間で50%、12週間で69%、16週間で78%の人にまつ毛の長さ・太さ・色の濃さの有意な増大が認められた、というものです。副作用としてはまつ毛周囲の皮膚の色素沈着が2.9%、目の充血・かゆみなどが2-3%に認められたそうですが、ブドウ膜炎や黄斑浮腫といった重い目の病気がなければまず問題はないようです。虹彩(黒目の部分)の色素沈着を起こすことがあるが、日本人ではまず問題ないとの事。難点は海外の薬を輸入するので、値段が高い事です。1本1ヶ月分で2万円前後、3万円で売っているところもあります。



柴田: 「へー、これは良さそうやね。でも緑内障の薬って、普通にありそうやけど・・・。日本にはないの?」

Fさん:「あります! 今度同じ成分の薬が、日本でも発売されるんですよ。そっちの方が安いと思います」

え? なんて正直な。そんなこと教えたら、自分の会社で扱ってるラティースが売れへんのんちゃう?

そしてFさんは他にもいろいろなことを教えてくれました。

柴田: 「専用のアプリケーター(薬を塗るためのハケのようなもの)は1本を両眼に使用しない事、って書いてあるけどなんで?」

Fさん:「あ、それは別にいいと思います。(金額を)高く取りたいだけだと思いますよ。実際、たいした アプリケーターじゃありませんので」

・・・見せてもらうと、アプリケーターの毛も不揃いです。

柴田: 「これって、綿棒でええんちゃうの?」

Fさん:「ええ、そうなんです! 綿棒で十分です」


・・・すべてが正直な感じです。Fさんは巷で大流行の「リバイタラッシュ」というまつ毛の育毛剤に以前ラティースの成分が含まれていて、その育毛剤は薬品ではないので禁止され、それからその育毛剤は効果がなくなったという裏話も教えてくれました。ふーん、そうなんや。今度日本で同じ薬が発売されたら取り寄せてみよっと。Fさんは、自分に不利でもこちらに有利な情報を正直に教えてくれました。本来なら彼の商品が売れず損をしたように見えますが、その事で彼は信用を得た訳です。私は次回何かを買う時は、正直で信頼のおける彼から買うと思います。「常に正直に生きること」「相手に得をさせること」が自分の得として返って来るんですよね。「正直は成功の鍵」。私も常に正直に生き、皆様に得をしていただけるよう励もうと思っています。あ・・・そうだ。Fさんにも例の梨を送らないと。人間不思議なんですが、なぜか美味しいものをもらうとその人の頼みを断れなくなるんですよねぇ。私だけでしょうか? イタリアのDMAEの顧問ドクターにもこの梨を送る事ができたら、真っ先に送っているんですけどね。それこそ「なしのつぶて」にならない事を祈るばかりです。



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