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第186回「改善は一から作るより難しい」

こんにちは! 柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。今年の夏は本当に暑かったですねぇ。皆様は熱中症などは大丈夫でしたか? お盆を過ぎると急に涼しくなり、亡くなった母が「お盆過ぎたら暑さちょっとましになるねんで」とよく言ってたのを思い出しました。(あれからもう3年…。時の経つのは本当に早いですねぇ。)その後また暑さがぶり返したり、台風が直撃したりと大変な夏だった気がします。 さて私と言えば…この夏東京で開催された学会に行った時は最高気温が40度を超えた時で、暑くて死にそうになりましたがなんとか熱中症は逃れました。東京駅でタクシー待ってる時なんかはほんとに暑かったですが…。でもいくら暑くても、学会に行くと刺激があってやる気が出るのでいいですね。何と言っても最新の情報が手に入るのが嬉しいです。注入剤の新しい注入方法や、新しいたるみ治療の機器や糸、育毛治療の講演に加えて新しい治療の研究に関する発表などがたくさんあり、とても面白かったです。もちろん学会の時はグルメもしっかりしましたが、いつも食べてばかりと思われてもいけないので、今回はちょっとお勉強のお話を…。



老化は骨の吸収、筋肉の萎縮、脂肪の減量や移動、靭帯の弛緩、皮膚の弾力性の低下によって進みます。つまり老化と共に頬はこけ、瞼は落ち窪んで目の下は膨らみ、輪郭が崩れて綺麗なハートシェイプがブルドッグのようになり、皮膚はハリを失ってたるむという訳です。それらを少し元に戻して若々しく見せるのがアンチエイジング治療です。この中でも最近注目されてきたのは靭帯の弛緩によるたるみを改善する方法。骨と皮膚の間に垂直に存在する靭帯が緩むと皮膚が余計にたるむため、この靭帯のある部位にヒアルロン酸注入などで皮下組織を増やし、靭帯の弛緩を改善してたるみを改善する方法です。ヒアルロン酸注入は血管が詰まるリスクが依然としてあるため注入には細心の注意が必要ですが、この注入方法は血管が詰まるリスクがほとんどない当院のカクテル注射にも応用できます。フェイスラインの垂れ下がった脂肪を減らし、同時に皮膚も引き締める注射が新輪郭注射ですが、同様の効果をもたらすという機器によるたるみ治療の結果を見ると、その改善は本当に少しずつなので注射治療の方がやっぱり即効性があっていいなと思いました。また最近の糸は進化して感染率も下がっているようなので、糸によるリフトアップや輪郭形成も研究してみようかなと思っています。育毛治療では新しい光治療や注射治療の講演の他、新しいサプリメントの講演もあり、これは取り入れてもいいかなと思いました。



研究の分野で面白かったのは、皮膚の老化は老化した細胞が分泌する因子で周囲の正常細胞が老化する事によって進行する事、そして骨髄由来幹細胞が老化細胞の老化促進因子の分泌を抑制する事を示した実験や、UVB(紫外線B波)が表皮基底膜を傷害する事を示した実験の報告です。UVBが基底膜を傷害する事が光老化の一因であれば、基底膜を修復するリジュランは光老化を治療できるという事ですよね。また、皮膚や毛髪への水溶性有効成分の浸透促進剤の開発研究や、酒石酸が発毛・育毛因子の産生を促進したという実験の報告、ヒアルロン酸から成る自己溶解型マイクロニードル(細い針状になったヒアルロン酸で、皮膚に貼ると溶解して吸収されるというもの)にクスノハシガワ樹皮エキスを配合したら優位なシワ改善効果が見られたという研究結果などの報告もあり、興味深かったです。多くの人が色々な研究に取り組んでいて、その積み重ねで美容医療も進歩していくんだなぁという実感が湧きました。 こんな風に書くとなんだか凄い事が色々と始まって今にも世界が変わっていくかのように思うのですが、実際にはそんなに画期的な事が街中のクリニックで行われるようになる事はあまりありません。もう何年も前に発表された「画期的な技術」が結局何年経っても実用化まで至らない事って結構あると思いませんか?



私も若かりし頃は学会で発表された「画期的な発表」に心が踊り「これで人類の苦悩の一つがなくなるのか…」と期待した事も多いのですが、結局何年経っても実用化されずそのうち忘れられていく…という事を何度も経験しました。一つの理由は基礎研究は人間を試材にしていない事が多いからです。マウスとかラットとかの実験で「こんな結果になったので恐らく人間にも効果があるでしょう」という段階で学会発表されます。確かにラットには効果があったかもしれませんが、同じ事をしても人間に効果があるとは限りません。そして本当に人間で試してみるというのは倫理的にも安全基準にも大きなハードルがありますので、動物実験のように安全性を無視した効果測定の為だけの試薬投与などもできません。結局のところマウスの細胞レベルでは確認された反応でも人間を対象にするには不適切、もしくは怖くて臨床試験をできる代物ではない…って事で時間が経過して、そのうち忘れられてしまうという事も多いようです。あと薬の場合は実際に人間への投与を行い効果が確認されても、それを安定供給できる薬剤として錠剤化できるかという事と、市場に受け入れてもらえる価格で販売するくらいのコストに抑えられるかという問題もクリアしないといけませんので、結果として研究段階で発表される「画期的方法」が実際に街中のクリニックで受ける事ができる治療になるのは、ほんの一握りになってしまう訳です。



更に美容の場合はもう一つ大きなハードルがあります。それは美容の目的が「治す(病原を叩く)」事ではなく「仕上がりが綺麗になる」事にあるからです。もし病気であれば「治療」が目的なので多少の副作用が出ても本丸の病気が治るのであれば目をつぶる事ができます。例えば感染症であれば感染源の細菌を叩いて全滅させてしまえばあとの回復は基本的には本人に任されています。なので例えば内蔵疾患の病気で手術をしても手術跡が残るなんて当たり前で、疾患が治癒したかどうかだけが問われるのが通常医療の世界ですね。ところが美容はそうはいきません。「綺麗になる」事が目的なのに縫合の跡が残るなんてもってのほかですし、「赤くなる」とか「腫れる」というような事ですら嫌がられます。そして皮膚を綺麗に若返らせる方法は基本的に一つの方法しかありません。それはいかにマイルドに既存の皮膚組織を叩いて(殺して)綺麗に皮膚を再生させるか…という事になります。その点、シワやたるみの方はヒアルロン酸をシワの下に入れて盛り上げるとか、ボトックスで筋肉を麻痺させてシワを寄りにくくするとか、糸で引っ張る…というような多くのバリエーションがありますね。しかし、皮膚を綺麗にして若く見えるようにする…というのは非常に難しく、美容の中でも最難関であると言って良いと思います。



世の中にある多くの化粧品はいとも簡単に「美肌効果」が出るように謳っていますが、はっきり言うと化粧品に直接的な美肌効果があるものはありません。なぜならばまず皮膚にはバリア機能があり、皮膚の外にあるものが体内に簡単に取り込まれたりしないようにできているからです。ちょっと考えれば当たり前の事で、皮膚の外にはバイキンや有害物質が山のようにある訳ですから、外部のものを簡単に取り込んでいるとすぐに病気になってしまいます。そして、そのバリアに穴を開けたり皮膚そのものを殺すような成分を入れる事は薬事法で禁止されているので、化粧品ではせいぜい保湿効果や多少の美白効果を期待するくらいになります。皮膚はターンオーバーと言って30日くらいの周期で表面の細胞が剥がれ落ちて新しい細胞に入れ替わるという事を繰り返していますが、加齢でその周期が長くなったり、紫外線を浴びすぎてメラニンが産生され過ぎるとシミなどが定着してしまう訳です。定着したシミなどは化粧品では治す事はできません。なぜならばシミと言えども自分の組織の一つであって病気の組織とは判定しませんので、免疫機能が攻撃をして殺したりはしないからです。そこでレーザーを使って黒ずんだ組織を外部からの強力な攻撃で殺したり、レーザートーニングなどでマイルドに殺した上で、再生してくれるのを待たねばならない訳です。「殺す」と言っても一気に作用を与えるとやけどのケロイドのような状態になってしまい「綺麗に再生する」という事から大きく離れてしまいます。「綺麗に再生できるレベル」での攻撃にした上で、更に綺麗に再生できるようにする為の補助的な治療(美白剤を塗ったり、プラセンタを投与して体の再生力を高めるなど)を行います。…どうですか? 美肌って実はあらゆる治療の中で最も難しいって分かっていただけました??…(^_^)



今回はなぜこんなにしつこく美肌治療について書いたかと言うと「今でもある程度成立している事を更に改善するって、壊れたものを修復するよりずっと難しいんだな…」って思ったからです。私は会社の経営とかは全然駄目なんですが、クリニックの経営の責任は当然あるので、クリニックの改善について会社経営をしている友人やコンサルタントに相談する事があるのですが、多くは「今ある組織を更に改善させるのは、一から作るよりずっと難しい」と言われるのです。その違いはまさに既存の組織は「マイルドに壊す事がなければ再生もしない」為ですね。シミのような「黒く色がついた組織」は人間が生きる上で問題なく、正常な組織の一つなので免疫機能で排除される事はないのです。つまり「改善」っていうのは意図的に「今でも成立している何かを壊す」という事が必要なんですよね。それを考えると確かにコンサルタントが言うように組織を改善するって凄いエネルギーが必要で、信念を持って進めなければ失敗するんだなって思いました。あえて成立しているものを壊すのも現場の皆の反対にあって大変だし、壊し過ぎると再生できない状態になってしまって本末転倒だし、うまく壊しても再生できる為のサポートを行わねばより良い状態に再生しないし…うん…まさに美肌治療と同じ事なんだな…って。なんか自分でも「凄い気付き」があったような気がして、この事を会社経営している友人Mに話してみたところ、こんな反応が…



M: 「あ…そうりゃそうよ。やっと気づいた? へぇ?…美肌治療って…ふんふん。ちょっとだけ壊してより良く再生させるのね。それはバイキンマンの戦略に通じるね。バイキンマンって本気で アンパンマンをやっつけようとしてないでしょ?」


柴田:「はぁ?バイキンマン? バイキンマンって一生懸命やってるけど結局アンパンマンの方が強くて、最後ヤラレて’バイバイキーン’って逃げていくんだと思ったけど」


M: 「ありゃありゃ。読みが浅いねぇ…。やなせたかしさんは子供向けだからと言って 手は抜か ないからね。本当はもっと奥が深いのよ。」


柴田:「どういう事?」


M: 「さっきアンパンマンが強いって言ったけど、アンパンマンの強さの元のアンパンマンの顔 を作っているのはジャムおじさんだよね? ジャムおじさんがアンパンマンの顔を作らなか ったらアンパンマンはすぐに『顔が汚れて力がでなぁい…』とか言ってやられちゃう訳。 なのでバイキンマンのように天才的頭脳を持っている奴が取る戦略としては無防備なジャ ムおじさんを徹底的に叩く事…ジャムおじさんが再起不能になればアンパンマンなんて子 供同然で本当は無力なのよ。じゃ…なんでバイキンマンはジャムおじさんを叩かないのか…。 それは彼が天才科学者たる所以で、本当に彼が欲しているのはアンパンマンと戦う事ではな く、ジャムおじさんを自分の言いなりにして彼の能力を使いたいって事なの。その為には アンパンマンがやられてしまってジャムおじさんは温存されるが、彼はバイキンマンに従う しかないと思わせたいのよ」


柴田:「ふーん…。アンパンマンってそんなストーリーなの?」


M: 「そう。奥深いよ、アンパンマンは…」



…という本当かウソか分からないような話で煙に巻かれたのですが、確かに再起不能になるまで根本的なところを叩いては再生はしない訳で、「壊す」事が目的ではなく「自分の都合の良いように相手の能力を利用する」って事が目的であればバイキンマンの戦略は正しいな…と妙な納得をしてしまいました。ただ、「いくらなんでもアンパンマンってそんな深いところまで考えられた話じゃないでしょ?」って思ってちょっとネットで調べると、友人Mと同じような事を考えている人がいるんですねぇ。しかもこの人はさらに深いところまで考察していたので紹介します。「ジャムおじさんを攻撃すれば全て終わるのに攻撃しないバイキンマンは、ジュネーブ条約第一追加議定書第54条の『いかなる場合においても住民の生存に不可欠なものを供給する施設を攻撃して、その結果住民を飢餓の状態に置くような措置をとってはならない』を遵守している可能性が非常に高い」



まぁ…こういう解釈できる人って凄いと言えば凄いですね…(^_^)。私はそこまでいきませんが、とにかく自分のできる「改善」には末永く取り組んでいこうと思います。また新しい治療方法などが確立したらお知らせしますね。よろしくお願い致します。

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