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第115回  (2012年10月) 「生活の知恵」



こんにちは! 柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。やっと涼しくなりましたが、今年の残暑は本当に厳しかったですねえ。皆様はお元気でお過ごしでしたか? 私はこの夏は、神戸より暑い名古屋で行われた美容皮膚科学会に参加しました。この学会は毎年「なんでこんな暑い時期に?」という時期に開催されます。暑さに負けない勉強意欲を試されているとしか思えませんが…。神戸の花火大会の日にあったり、毎年8月が多いのですが、去年山口で開催された時だけ9月でした。その理由はふぐの解禁を待ったからとのこと。やっぱり医者って食いしん坊が多いんですね。(私だけでなくて良かった…(^^)。)ふぐには惹かれたんですが、去年は9月に美容外科学会もあったし、美容皮膚科学会はちょっとマンネリ化してきた感じだったので参加しませんでした。しかし今年2年ぶりに参加してみると、なかなか面白い話題が多くて、久しぶりに実りのある学会でした。



まず面白かったのは、皮膚の幹細胞の話です。今話題の幹細胞とは、自己複製能(自分で増殖する力)と多分化能(いろいろなタイプの特殊な機能を持つ細胞に変化する力)を持つ細胞の事です。いろいろな細胞に変化する事ができる話題のES細胞やIPS細胞も幹細胞の一種ですね。今までは脂肪の幹細胞の話題は良く出ていたのですが、今回の学会では皮膚の幹細胞の話題が出て来ました。皮膚の老化と幹細胞の関係については今まで不明な点が多かったのですが、今回は皮膚にも幹細胞が存在する事を証明し、さらに加齢により皮膚の幹細胞の数が減少する事を確認したという発表がありました。つまり皮膚の幹細胞の減少によって皮膚の再生能力が低下し、様々な老化現象を引き起こしている可能性があるという事です。この皮膚の幹細胞を増やす事ができれば、老化を防いでお肌を若々しく保てるという事ですよね。すでにPRPは間葉系幹細胞(真皮・脂肪・軟骨などに分化できる細胞)の増殖を促進するという実験結果があり、PRPが放出する成長因子の一つであるFGFにもそういう効果があると予測されるので、この報告は今後の研究におおいに役立ちそうです。



もう一つは白髪に関する研究の話です。私も何年も前から白髪の予防や治療にはすごく興味があったんですが、世の中の研究はハゲ一辺倒で、白髪に関しての研究は少なく、なかなか文献も見つからなかったんですよね。白髪は染められるからでしょうか。しかし近年白髪の研究も進んできて、そのメカニズムも明らかにされつつあるようです。これも幹細胞に関連する話題なのですが、毛根を包む毛包という組織の中に色素幹細胞という色素細胞に分化できる細胞が存在し、色素幹細胞が減ると毛根の基部にある毛母の色素細胞も減少して白髪の原因になる事を証明した報告がありました。さらに色素幹細胞の維持には毛包幹細胞が必要で、その維持には17型コラーゲンやTGF-βが必須であるという事が解明されたそうです。17型コラーゲンの欠損は白髪だけでなく脱毛の原因にもなるという事で、今後の研究が期待されます。TGF-βという成長因子はPRPにも含まれるので、PRPを白髪に打ってみようかなあ、と考えています。


あと興味深かったのは、喫煙と皮膚の老化の関連を証明した報告でした。タバコがお肌に悪い事は理論的・経験的にはもう常識となっていますが、統計的・実験的に証明した報告は少なかったのです。それが今回の報告で非常に明解になりました。年齢・喫煙・紫外線とシワの形成の統計を取ると、それぞれがシワの形成に関与する事が明らかになり、年間35箱以上タバコを吸う人は、吸わない人の5.8倍シワができやすかったそうです。また、タバコの煙を水に溶かして培養線維芽細胞に加えると、コラーゲンの産生が抑制され、コラーゲンを分解する酵素の産生が増えたとの事。そしてタバコの煙抽出液によって増えたコラーゲン分解酵素はポリフェノールの一種であるフラボノイドで抑制されたそうです。タバコはやっぱりお肌にすごく悪いんですね。一生懸命シワの治療をしても、タバコを吸っていては効果が半減してしまうという事です。どうしてもタバコがやめられない人は、フラボノイドを摂るといいのではないでしょうか。当院で扱っている「夢美人」は、ミロエステロール・ダイゼイン・ゲニステインなどのフラボノイドをたっぷり含んでいるので、タバコがやめられない人のシワ予防に効果がありそうです。



さて話は変わるのですが、学会会場でお会いしたI先生とA先生に、ベニスである欧州皮膚科学会に一緒に行かないか、と誘われました。今回の学会はいろいろ情報収集ができましたが、そろそろ国内の学会には限界を感じて来ていて、海外の先端情報収集が必要だな…と思っていたところだったので、この機会に行こう!と決心しました。しかし急だったので飛行機の手配などがバタバタ。何しろヨーロッパに行くのは12年ぶりなので一人で行くのはちょっと不安で、I先生たちと同じ便を取ろうとしたのですが、日にちが迫っていたので結構値段が高い。高校の同級生でイタリアに40回行った事があり、今でもイタリアから商品を輸入する会社をしている友人に聞いて飛行機やホテルの手配をしたんですが、今は海外のホテルの予約もネットで簡単にできるんですねえ。12年前とは時代が完全に変わったなあと感じました。そして航空券の価格が日によって変動する事も判ってびっくり。親切な旅行会社では、「今日はもう少し安い航空券が取れますが」と連絡してくれたりします。(今時当たり前?なんでしょうね…ちょっと時代から取り残された感じですが…。)



学会はベニスのリド島であるのですが、小さな島なのでホテルも結構いっぱいで、I先生たちと同じホテルは1泊目しか取れませんでしたが、飛行機はなんとか同じ便が取れたのでA先生に報告すると、「それは良かった。一緒にイタリアワインを飲みましょう! …あ、そうそう、I先生はものすごく歩くのが速いので、ヒールはやめて歩きやすい靴で来てくださいね。僕は家内も連れて行くんですが、そのために今一緒に速歩のトレーニングをしてるんですよ」…と。なぬ??! I先生と言えば、70歳近いお年のはずだが…。しまった!! T薬品の研究室のK君やOさんが、I先生と一緒に六甲山縦走に行って「I先生の歩くスピードについて行けなかった…^^;)」と言ってたのを忘れてた! そして普段はトレーニングのためにリュックに石を入れて歩いておられる事も…。うむ…私は最近は運動不足で歩くのは超苦手。国内の学会に行っただけでもめちゃ疲れて翌日の仕事も大変なのに、ついて行けるだろうか…。慌ててスタッフのYちゃんに同行を頼み、また航空券の手配をする羽目に。2人だとハードな速歩からしばし逃れて休む事もできるかも…と思ったのですが、どうなる事やら。またイタリアの学会報告と共に珍道中の報告もしますので、楽しみにしていてくださいね。…しかしI先生は元気だなあ。「生きてる限り最前線でいたい」と言われていたのが印象的でした。私もできる事ならそうありたいと願っています。(そのためには速歩のトレーニングが必要かな。)



このクリニック通信でも過去に何度も学会の裏話を書いているのでお気づきの方も多いと思いますが、今回の国際学会もしかりで、学会っていうのは大抵観光で有名なところかその国を代表する大都市、もしくはリゾート地で行われます。(リド島はイタリアでは有名なリゾート地ですね。)一つの理由は学会のために遠方から沢山の人が集まる事で、多くの人を収容できる会場やホテルが必要なので、そのような場所でないと実際には学会を開くことができないという実情があります。もう一つの理由はやはり「せっかく遠方に行くのだったら空いた時間に美味しい物が食べられたり観光できたら一石二鳥」って心理をついて、沢山の人を集めようという主催者の意図があるのは間違いないと思います。特に大きな病院や大学の勤務医の皆さんにとっては、学会は公に病院や研究所を一時でも離れる事ができる唯一の「口実」であったりもします。私もかつては勤務医でしたので、一応勤務医の名誉の為に申し上げますと、殆どの真面目な勤務医の皆さんは非常に忙しく、自宅と病院や研究所の往復に人生の殆どの時間を費やしています。もうそれ以外の世界には殆ど触れる暇がないと言っても過言ではないかもしれません。そのような中で唯一外の世界や外部の人に触れる機会が学会なんです。しかも、年に1~2回であれば学会出席という理由で1週間前後のお休みを取る事ができます。(流石にそれを認めない大きな病院や大学はないみたいです。)そんな事情もあって、主催者側はできれば本人だけでなく、家族の方もご一緒に来てください…ご家族の皆様には別のアトラクションもありますから…というような場所で開催される事が多いようです。



ところで皆さんは学会で何か発表をする人にはどんな報酬があるか知ってますか? 学会には単に参加して情報収集する人が大半なんですが、当然ながら多くの聴衆を前に自分の研究発表をする人達もいて学会が成立します。私の勤務医時代の経験で言えば、学会参加は大抵自腹です。往復の交通費はもとより、宿泊費や学会の登録費用(これが意外に高いのです。海外の学会は特に高く、10万円前後かかることもざらにあります)などを個人の収入の中から支払いしなければなりません。一部の研究機関などでは法人が支払ってくれるケースもありますが、普通の病院や大学ではそんな事は殆どありません。ま…それでも聴衆として参加する人達は、学会で他人が時間とお金をかけてやってくれた研究成果を聞ける訳で、自分への投資と思えばそれも割り切れます。しかし、研究発表を行う人達は他人に成果を教える訳ですから、学会費用の一部が報酬として支払いされても良さそうなもんですが、実際には殆どのケースは無報酬なんです。よほど有名な先生が人集めの為にゲストスピーカーとして呼ばれた場合や、以前私がPRPの発表をした時のように学会長の依頼という場合などは報酬が支払われますが、それ以外の通常発表で報酬が支払される事はまずありません。彼らが受け取るインセンティブは「名誉」と「尊敬」のみです。(勿論、素晴らしい研究発表をした場合だけですが…。質疑応答でけちょんけちょんにされて「不名誉」が報酬になるケースだって中にはあります…^^;)



考え方によっては「医は仁術。名誉が最高の報酬」という考え方は高潔ですし、間違ってはいないと思います。それに多くの公的研究機関では研究そのものに税金が投入されているので、その成果を広く一般に還元するのは当たり前だという考え方をされています。その一方で学会発表はその準備に非常に多くの時間とお金がかかります。その為、学会発表されずに個人や特定の組織の中に埋もれてしまっている成果やノウハウが多いのも事実です。特に開業医にとって学会での研究発表というのは非常に負担が多いので、臨床を中心としている開業医のノウハウが公開されないままになる事が多いのは残念な事ではあります。そんなこんなで色々な人が色々な思いで学会に集まり、それぞれが情報を交換しつつ医療が発展してきたのは間違いないと思います。そのような意味で学会の果たす役割は今でも非常に大きなものだと思っていますが、最近になって、どうしても学会の会場だけでは得ることのできない情報を収集するのも学会の一つの役割なんだなぁ…と思うようになりました。



通常、学会で発表される研究結果の殆どは病院に来た人のデータで構成されています。例えば癌の研究成果の殆どは癌を治療した人達のデータになります。何にもせずに放置したとか、そもそも病院にすら行かなかった人達に何が起きたのかは知る余地が殆どありません。美容医療の世界でも美容治療に訪れた人達のデータは収集しやすいのですが、何もしなくてもお肌がツヤツヤで、美容医療そのものに興味を持った事もない人達のデータを集めるのは難しいのです。しかし本当は、お肌に何の問題もなく、美容医療に興味すら持っていない人の日常生活のノウハウこそが最も美容効果を上げるものなのかもしれないのです。(本人はあくまでも気づいていないのだが…。)以前、お豆腐屋さんの奥さんのお肌はみんなツヤツヤで綺麗だ…と気づいた人がいて、色々と調べると大豆に含まれるイソフラボンを皮膚から吸収している事が大いに影響しているという研究結果を発表した人がいました。お豆腐屋さんの奥さんは自分ではそんな事は全く気にせずに日常の仕事の一環として豆乳の入った容器に手を入れていたのですが、自然と手の皮膚を通じてイソフラボンを吸収していた訳です。まだまだこのような生活の中に根付いた「生活の知恵」というのか、「昔の人は偉かった…」というような話で科学的に検証されていない事は沢山あると思います。学会に行くというのは学会発表を聞くというだけでなく、遠い土地に行ってその土地の文化や生活や人間を観察し、そのような「その土地に根ざした生活の知恵」を知ることができる最大のチャンスでもある訳です。「だからインターネットがこれだけ普及しても、学会は遠い土地で開催されたところにわざわざ出かけていく価値があるんだな…」って思う訳です。

もっぱら「その土地の美味しいもの…」にしか興味がない訳ではないのだ!という言い訳をしながら、9月は1週間もクリニックをお休みさせていただき、皆様にはご迷惑をお掛けして申し訳ございません。何かまた新しくお役に立てる事を報告しますので、ご理解いただけますようお願いいたします。


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