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第104回  (2011年11月) 「Stay Hungry. Stay Foolish」



こんにちは。柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。最近は肌寒い気候になって来たので、そろそろロングブーツを出そうかなと思ったら急に暖かくなったりと、季節の変わり目は服を選ぶのが大変ですよね。朝はとっても暖かいと思って軽装で出かけると夜は急に冷え込んだりして、「あ・・・厚手のジャケット持ってくれば良かった・・・」と思ったり。

先月号のクリニック通信でも書いたのですが、久しぶりにスカートを買ったもんだから、今度はそれに合うジャケットがないとか、靴がないとか・・・色々思ってたところに気候の変化で今度は寒いだの暑いだの・・・ああ、なんか面倒くさい! でも面倒だと言いながら今年のニューアイテムを購入するとしばらくはルンルン気分になるってのは私にも少しは女としてのDNAが残っていた訳ね・・・(^^)・・・と変に納得したり。そう言えば昔、仲の良かった眼科の女医が毎年「あぁ・・・着て行く服がない!」って言ってたなぁ。 「何言うてんの。あんた毎年それ言うてるやん」って言ってたんですが、一度何かお洒落アイテムを買うと次々足りないものが出てきて、それが毎年少しずつ循環するんですねぇ。恐るべきファッション業界。こりゃ完全に彼らの罠にはめられているようだ。



ファッション業界にノせられないように要注意・・・と思う一方で、私のいる美容業界も実は同じような傾向がある事に気付きました。大半の患者様は初めて美容の治療を受ける時は本当に色々悩まれます。当クリニックでも初診のカウンセリングは一応30分までという事になっているのですが、初めての患者様がこの範疇で収まる事はまずありません。

「どうしようかな・・・。あ・・・これにしようかな・・・。いや・・・やっぱりこれはどうなんでしょう? う~ん・・・」ってやり取りが延々と続いた上で、

「やっぱりもう一度考えてみます」って事になるのも珍しくありません。

ところが、一部のシミがとれたりすると、今度は「ここも気になるんですよね。あ・・・ここもほら、シミあるでしょ。あ・・・ここのシワも実は前から嫌だったんですよ・・・」と、次々と治療の範疇を広げられる方もたくさんおられます。

もうこの状態になると「このパンツに合うジャケットがない・・・あ、靴もない・・・イヤリングだってもう2年は同じのつけてるし・・・」という状態と同じですよね。私の職業もファッション業界とよく似た部分があるんだなぁと思いました。ただ、私がやってるのはファッションショーとかをするような派手な世界じゃなくて、機能性と実用性がある丈夫な鞄をコツコツ作り続ける職人さんのような事なんでしょうけど。



本当にこの美容医療の世界は「ド派手!」な先生と「極めてジミィィィ・・・」な先生達が共存しているというか、二極化しながら成立しているというのもファッション業界と似ているのかもしれません。先日も博多で開かれた美容外科学会に出席したのですが、銀座で開業してる I 先生の会に参加させていただきました。去年の美容外科学会でPRPのパネルディスカッションに出てから、いろいろとPRPの事を聞かれるようになったのが縁で、博多での宴会にも呼んでいただいたのですが、行ってみると10人以上のド派手なチャラ男とチャラ子が盛り上がりまくって大騒ぎ。会場もフレンチレストランの一角を借り切ってワインを空けまくりで、「先生もコンパニオンを呼んで少しハメを外されているご様子だな・・・」と思っていたところ、そこにいる全員が医者と看護師って聞いてもうびっくり。(しかも看護師は2人しかいなかった。)芸能人のパーティですかぁ?・・・って感じの雰囲気に圧倒されてしまいました。その一方で・・・。同じ学会でPRPの研究友達のM先生やK先生との食事会。私がせっかくスカート履いておニューのジャケットを着て来てる事なんか誰も気付かないし、わざとらしく私のネイルが目に入るように両手をヒラヒラさせてアピールすると流石に気付いてはくれましたが、「先生、ネールなんかしちゃ治療の妨げになるでしょう。だめじゃないですか」とたしなめられる始末。勿論、会場は博多のどこにでもあるような「オヤジ系居酒屋」。その上、M先生はお酒が飲めないので研究談義もいつもの如く「お茶」で数時間。もうこっちは完全に鞄職人さんの集まりです。とにかくジミィィィな親父達数名+レディ1名(この集団に居たらそう呼んでもらいたいよ・・・)での研究情報交換となりましたが、実際はこちらの方が何倍も得るものがありました。あ・・・この居酒屋の「ゴマ鯖」(鯖のお造りをゴマだれにつけてゴマと葱をたっぷりかけたもの)は美味しかったなぁ。博多の名物らしいのですが、知ってました? 学会と言えば今月はクリニックのお休みも沢山取ってしまい、皆様にもご迷惑をおかけしたのですが、博多の学会の次の週には東京の形成外科学会基礎学術集会にも出席しました。こちらは文字通り「基礎学術」という分野だけに、皮膚の構造とか細胞の状態とかを研究者が情熱を持ちながらもジミィにコツコツ研究した結果を発表するところなんで、博多のチャラ男やチャラ子のような先生方とはおよそ違う世界です。でも私にとってはこっちの学会の方が面白かったし勉強になりました。



例によって東京の学会と言えば、私のもう一つの楽しみは東京グルメです。東京は3日いたのですが、夜は必ず楽しみにしているレストラン巡り・・・。これだけは誰が何と言おうとやめられません。患者様には食べ過ぎの弊害を日頃淡々と説いているのですが、たまにはいいんですよ、たまには・・・と自分を納得させる事に。K氏に連れてってもらった星付レストランも良かったけど、私はやっぱりジミでも行く度に私の好きなものを一生懸命作ってくれるランスのシェフが好きだなあ。ただ、流石に3晩も続けてレストランに行くと、お昼や朝は殆どお腹もすきません。そこで朝は簡単にオーレだけで済ませようと思い、ホテルの近くのカフェに行きました。すると、私の後ろに座ったイカツイ格好のおっさんがなにやら大声を出しているんです・・・。 「ねぇちゃん。このサラダ、なんもかかっとらへんやないか! なんかかけなこんな草ばっかり食べられへんやろ。なんかかけるもん持ってきてくれや!」 あ、あれは・・・。服装ですでにある程度予測はしていたがやっぱり・・・。おしゃれなカフェに何を勘違いして迷い込んで来たか分からないけど、大阪の「ヤ」がつく自由業の方じゃありませんか。東京では殆ど見かける事がない彼らの正装とも言えるストライプ柄のダブルジャケットを着たエナメル靴のおっさんになんだか「懐かしい」という感覚を持ちながらも、同じ関西弁をしゃべる人間として肩身の狭い思いで一杯です。ただ、あの格好で「ねぇねぇ・・・彼女。ドレッシングって何があるのかなぁ。イタリアンそれともフレンチ? お薦めツーのがあったら持ってきてくんない? ちなみに僕って和風はダメな人なんだよね・・・」てな事を言ってるようじゃ誰も怖がってくれないでしょうから、この手の職業の人はやっぱり関西弁がぴったりハマっています。



ところが問題はそれから。この人に捕まった若い女の子がどうやら彼の言ってる事が全く理解できないようなんです。どうも留学生のアルバイトの子みたいなんですね。日本人だったらともかく、日本語も拙い状態で東京でアルバイトしてたら、突然入ってきたイカツイヤーさんに関西弁でまくし立てられたんだから、これはもうどうしようもないでしょうね。一生懸命考えている様子ですが、頭が真っ白になったのか全く言葉が出てきません。

そこで再びこのおっさんが・・・「なんや! なんか言わんかい! ワレなめとんか!」 

ありゃりゃ・・・これはもう恥ずかしいを通り越してこちらも怒りを覚えてしまいます。店内をグルッと見渡して社員さんらしき人を探しましたが、あいにくカウンターもアルバイトさんしかいないようで、皆怖がって身を寄せ合っています。数名店内にいるお客さんも本場の関西ヤクザには完全に引いてしまい、空気がカチンコチンに固まってしまいました。ところが、この子がもう泣き出してしまうんじゃないか・・・と思った時、この重苦しい雰囲気が一変する驚きの展開になったのです。その子はきちんと背筋を伸ばし、しっかりと相手の目を見据えて、とても流暢とは言えない日本語だけどしっかりした口調でしゃべりだしました。

「お・・・オキャクサマ。大変申し訳ありません。私は日本に来てまだ半年です。日本語がキチンと解らなくて本当にすいません。申し訳ありません。メイワクかけました・・・。今からテンチョウを呼んできます。本当に・・・本当にすいません。もっと日本語勉強します。許してください」

そう言ったかと思うと深々とお辞儀をして、またしっかりと相手の目を見据えて、もう一度「スイマセンでした」とお辞儀をしました。もうその態度は立派・・・としか言いようがなく、きちんと日本語が解らない事で迷惑をかけたのはすべで自分の責任であり、何の言い訳もなくただその非をお詫びするという、なんらごまかしのない誠意を持った態度だったのです。



・・・これには流石にヤーさんもしばしの沈黙で彼女を見ていたのですが、おもむろに口を開き

ヤ:「ねえちゃん。どこからきたんや?」

娘:「中国です」

ヤ:「日本語の勉強しにかいな?」

娘:「はい。そうです」

ヤ:「そうか。せいぜい勉強するんやな。そして国に帰ったら親孝行するんやな」

娘:「オヤコウコウ・・・?」

ヤ:「まぁ・・・わからんかったらええ」

そう言うと彼は立ち上がってカウンターの方に自ら歩いて行きました。カウンターの中では別のアルバイトさんがドレッシングの袋をいくつか持ったままマネキンのように固まっていたのですが、彼はその中からサウザンアイランド風のものをヒョイとひったくって席に戻ると

ヤ:「ねぇちゃん。ワイはこれが欲しかったんや」

娘:「すいませんでした。ワタシ・・・わかりませんでした」 

再び深々とお辞儀。

ヤ:「いや・・・もうええんや。おまはんは、なかなか見込みのある子やな」

娘:「・・・・・・・・・」

ヤ:「わからんかったらええんや。もう、あっちいきや」 と手振りで追い払うと、彼女はもう一度お辞儀をしてカウンターの中に戻って行きました。



ヤーさんはサウザンアイランドドレッシングのかかったサラダを2、3口で食べたかを思うと、残ったコーヒーを一気飲みして席を立ち、カウンターにいた彼女に向かって「ねぇちゃん・・・しっかりがんばりや!」 と声をかけて店を出ていきました。彼が店を出てしばらくしてから店の空気も普段に戻り、数名いたお客さんの話し声もポツポツと復活して通常のカフェの様相になっていきました。 私はその場にいて何もできなかったのですが、彼女の毅然とした態度に心の底から感動を覚えました。言い訳一つせずに、自分が日本語ができない事で迷惑をかけたと思い、心の底から誠意を持って謝った事が相手に伝わったのです。勿論、今回は彼女が悪いとは思わないし、ヤーさんの方が何倍もお行儀が悪いと思うんですが、それでも人間が本当に誠意を持って謝ると相手がどんな人であってもその響きで伝わるもんなんだなぁ・・・という事を改めて思い知りました。最近日本の若者が本当に誠意を持って謝ったところなんて見たことないじゃないですかぁ。(若者どころかテレビの謝罪シーンではいい年した皆さんの原稿棒読みの謝罪シーンにもう飽き飽きしてますよねぇ・・・)外国から渡って来て、日本語を勉強しながらアルバイトで生計を立て、将来を掴んでいこうとしている人達が持っている純粋な心に感動したって事かもしれません。あのヤーさんも、もしかしたら年甲斐もなく若い彼女に一目惚れしたかもしれませんねぇ。(いや・・・本当にそれくらい一撃で彼の態度が変わったんですから凄いもんです・・・私も見習いたいくらい・・・(^^))



最近生活していると改めて思いますが、本当に留学生の方が増えましたよねぇ。コンビニエンスストアとかでは日本のアルバイトさんを見かける方が珍しいんじゃないかと思うくらい・・・。深夜にあれだけの業務を外国語でこなすんだからたいしたもんだと思います。(コンビニの店員さんの仕事ってめちゃくちゃ多くないですか?) 私がかつてアメリカに行った時の事を思い出しても、オレンジジュースが伝わらなくて適当に出されたペプシコーラを黙って飲んだ苦い経験が嘘のようです。外国語で自分の食べたいものを伝える事すら大変だったのに、それを取得してその国でアルバイトをして生計を立てながら勉強していく訳ですから、なんかそんな事を普通の日本人ってできるかしら??って思ってしまいます。勿論、日本に来ているすべての留学生がそんなに素晴らしい人ばかりじゃないんでしょうけど、何か意志を持って前に進んで行こうとする人と、そうでない人の差がどんどん開いていってるような気がしてなりません。ファッション業界や美容業界のみならず、世界のすべてがどんどん二極化していってるような気がするのは私だけでしょうか?



あ・・・話は全然違いますが、アップルのスティーブ・ジョブズさんが亡くなっちゃいましたね。私も一応iPodとiPhoneユーザーってだけで、特にこの方の事は知らなかったのですが、ある友人が彼のファンでして、スタンフォード大学で行った彼のスピーチが録画されたYouTubeのURLを送って来ました。大学の卒業生を前に卒業生に向けたメッセージで、恐らく卒業生に対する来賓からの祝辞と言ったところでしょうか・・・。残念ながら英語だけでは分からないので、日本語字幕の入ったもので聞いたのですが、最後の非常にシンプルな英文だけは私でも耳に残り続けています。スタンフォード大学とは日本で言えば東大のようなもんで、卒業生は誰からも将来を期待されるエリートです。その超エリート達の卒業式というハレの舞台で、彼らに贈るメッセージとしてはあまりにもシンプルなもので、ありがたいお説教のようなものでもなく、寓話のような意味深な人生論でもありませんでした。


「Stay Hungry. Stay Foolish」

(ハングリーであり続けなさい。そして愚かであり続けなさい。)


世界の人が熱狂するような製品を作る会社の社長は、永遠に将来を考え、死ぬまでハングリーで、そして死ぬまで愚直に何かを求め続けたのでしょうか? 一昔前だったらSF映画にしか出てこないような携帯電話を、愚かとも言える執念で追い求め、改善し続けたのでしょうか? どこの世界も二極化は進んでいるようですが、私も愚直に何かを求め続け、それをひたすら続けていくという事だけだったら、なんとかやっていけそうな気がしました。


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