第156回 (2016年3月)「世紀の陰謀」

  

こんにちは! 柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。寒くなったり暖かくなったり、まさしく三寒四温の気候ですが、皆様体調など崩しておられませんか? 私はこの冬は忙しいながらも、風邪をひきかけてはプラセンタ点滴を1回したら治まる・・・という感じでなんとかもっていましたが、2月についに酷い風邪が長引き、1週間に5回点滴をするという事態に陥ってしまいました。今年こそは風邪の予防にビタミンDを導入しようと思っていたのですが、いろいろな事件が起こってバタバタしているうちに、おろそかになっていたせいかもしれません。今年は特にインフルエンザも流行っていますので、皆様もお気をつけくださいね。さて毎年、お正月が明けて落ち着いたかなと思ったら、世間はもうバレンタイン商戦に入りますよね。現在の日本では、チョコレートの年間消費量の4分の1がバレンタインデーに消費されると言われるほどなので、すごいですね。1月中は「もうバレンタインかぁ・・・。みんな気が早いよね」と思ってたんですが、あっという間に日が過ぎて、すぐにバレンタインが来てしまいました。今年のバレンタインは、去年の秋に買い過ぎた「ひやおろし」を義理酒に配ろうと思ってたんですが、お酒用の箱やバレンタイン用のラッピング素材の調達に結構苦労しました。なかなか適当でかわいいのとかがないんですよね。それにヤマトの送り状なんかも手書きで面倒だし・・・。余ったお酒を活用しようなんてセコイ事考えずに、ネットで買って贈る方がよっぽど楽だった・・・と反省。やっぱり「大阪のおばちゃん」的な考えを実行しようとしたら、かえって手間暇かかるんですね。



ところで、「バレンタインには女の子から意中の人にチョコレートをプレゼントして告白できる」というのは日本だけの行事だという事は去年のクリニック通信でも書きましたがどうして日本ではその風習が定着したかは諸説あるようです。たまたま見た新聞には神戸モロゾフ製菓が東京で発行されていた英字新聞『ザ・ジャパン・アドバタイザー』1936年2月12日付けに「あなたのバレンタイン(=愛しい方)にチョコレートを贈りましょう」というコピーの広告を掲載したのが最初だと書かれてました。(モロゾフの本店があった最寄り駅の阪神御影駅南側の広場は2013年に「バレンタイン広場」として整備され、聖バレンタインゆかりの地とされるイタリアのウンブリア州、テルニ市の市長のコメントが刻まれたモニュメントもあるそうな。)・・・へぇ・・・皆さん知ってました? やっぱり昔から神戸はハイカラな街だったんだなぁ。その後、1958年に新宿・伊勢丹の売り場で、メリーチョコレート会社がバレンタインチョコを売り出したらしい。この時は、看板に手書きで「バレンタインセール」と書き、3日間のセールを行ったが、売れたチョコは30円の板チョコ5枚。大赤字に会社中がガックリしたそうです。バレンタイン旋風が吹き荒れたのは、翌年1959年からで、昨年の失敗を活かそうとメリーチョコレート会社はハート型のチョコを作り、「女性から男性へ」のキャッチフレーズを掲げて売り始め、これに目を付けた森永製菓が1960年に「愛する人にチョコレートを贈りましょう」と新聞広告を出し、バレンタインデーの宣伝を大々的に始めたらしい。各チョコレート会社も「遅れをとるな」と言わんばかりにハート型のチョコレートを販売し始め、さらに伊勢丹が1965年にバレンタインデーのフェアを開催し、これがバレンタインデー普及の契機となったと言われています。つまり、「女性から男性にチョコを贈る」というのはメリーチョコレートが始めた宣伝からだったという事ですね。



しかし、「バレンタインデー」の文字がある広告が、1956年の西武百貨店の新聞広告や、1959年の松坂屋の新聞広告にも掲載されており、デパート業界では伊勢丹が最初という訳ではなく、ソニー創業者の盛田昭夫は1968年に自社の関連輸入雑貨専門店ソニープラザがチョコレートを贈る事を流行させようと試みた事をもって、「日本のバレンタインデーはうちが作った」と主張しているそうです。まぁ・・・ちょっとネットで調べてみても「我こそがバレンタインデーにチョコを贈る事を普及させた!」と言う人が沢山いるみたいです。ただ、女子が男子に愛の告白の意味でチョコレートを贈るという「日本式バレンタインデー」が社会に定着したのは昭和50年代前半に間違いないらしい。うん、うん。私の記憶をたどってもそうだと思います。その昔には女の子から愛の告白をする為にチョコレートを贈るって風習はなかったと思うんですが、高校生ぐらいの時に一気にその習慣が広まったように思います。当時も私は男前だったらしく、可愛い7人もの女子からチョコレートをもらって、モテない男子に嫉まれた記憶があります・・・(^_^)。



この日本式バレンタインデーの話は海外の知り合いや留学生のアルバイトの皆に話をしても非常に興味を持たれるし、「日本って面白いですね」って毎回言われます。「歌は世につれ世は歌につれ・・・」って言葉がありますが(これまた古い話で・・・恐縮です)、昭和50年と言えば1975年ですから、80年代の歌謡曲全盛時代のまさに一歩手前です。郷ひろみがジャニーズ事務所にスカウトされてデビューしたのが1972年なので、西城秀樹、野口五郎と共に新御三家(もはや死語)がお茶の間のアイドルとしてもてはやされた時代に、この日本式バレンタインデーが普及した訳です。その後、郷ひろみはジャニーズ事務所から独立する事ができましたが、時代が一歩違えばSMAPのように彼も見せしめの刑に遭ってたかもしれませんね。(歴史の授業もこうやって当時の世の中のトレンドとの関連を一緒に教えてくれれば、もっと興味持てるのになぁ・・・って、ちょっと違うかな?)



何かそれまでになかった風習とかトレンドが定着するのって「誰が始めたか」って話題になり易いですが、私の中では「誰が始めたか」って事はあまり興味がなく「どうしてそれが定着したか?」に非常に興味があります。だってその当時の世の中が「それを求めていた」から定着する訳ですし、言葉を換えると「その時代の喉の渇き」みたいなものだと思うからです。だとしたら、その当時の「喉の渇きって何だったんだろう?」って思うんです。私なりに、なぜその時代に日本式バレンタインが定着したのかを考察してみました。私が思い出す限り、テレビでお茶の間がアイドル全盛時代になる前って、思春期を迎える若者の間では「スポコンアニメ」全盛期だったように思います。女の子は「アタックナンバーワン」とか男の子は「巨人の星」って感じです。ただいつの時代も女の子の方がちょっぴり「おませさん」で時代の変化にも敏感なので、先に変化が訪れます。その頃は商品も中身だけでなくパッケージという「外観」が非常に重要になっていました。中身を知る為には「外見」がクリアされないと駄目って感じですね。この頃からジャニーズ事務所全盛期に突入するのですが、それでも同世代の男子諸君はまだまだ「スポコン」を引きずっていたし、「硬派」を一生懸命演じる事がカッコイイと思っている方がマジョリティだったと思います。ちょっと気になる男子がいても硬派を気取ったりスポーツばっかりやってて、男同士でつるんで告白なんてしてくれそうにもないし、だったら女子から言い出さないと時間切れになっちゃうよぉ・・・っていう不満が時代のエネルギーとして充満してたのではないでしょうか。そんなエネルギーが充満していた時に、バレンタインデーは「年に一度だけ女子から男子に告白できる日」という口実を与えられた事で、一気にトレンドとして拡散していった・・・のではないかと思うのです。ま・・・当時の状況を考えると、それから数十年後に「草食男子」全盛期が訪れるとは誰も想像できなかったと思いますが。




この考察って私なりに結構自信を持ってたんですが、一つ納得できない事がありました。「外見より中身」って言葉は、古いのかもしれないですが、やっぱり真実だと思うんです。テレビアイドルだったら本当の中身を知る由もないですが、学生時代に同級生などが恋愛対象だったら「中身」を知る機会は十分にあるはずです。でも「外見が重要」ってトレンドにどうしてなっちゃたのかなぁ? という疑問でした。この疑問をある友人にぶつけたところ、なんだかとっても腑に落ちる答えが返ってきたので、ちょっと紹介しますね。友人曰く、「あのねぇ・・・女性っていつの時代も「稼ぐ男」を探してるのよ。これはもう女性として生まれてきたらDNAに刻まれた性(サガ)でしょ。どんなに言葉を換えて表現しても結局は「自分に貢ぐ、稼ぐ力のある男」を探してる訳よ。昔は「稼ぐ力」として外見は重要じゃなかったけど、今は時代が変わって外見がいい奴は「稼ぐ力」を持つようになったでしょ? 今の時代はイケメン=稼ぐ男ってのが成立してるのね。だから女性がイケメンに惹かれるのは時代の流れで、表面的には変化してるように見えるけど、本質は何も変わってない訳よ」って事でした。皆さんはどう思われます? ま・・・諸説あると思いますが、面白い話だなぁ・・・って思いません? もしそうだとしたら、学生時代にバレンタインデーでチョコ贈って告白するっていうのも、実は「将来稼ぎそうな男に唾つけておく行為」って解釈が成立しますよね。女性には幼少期からそのような本能がDNAに刻まれてるって訳か・・・。恐ろしや・・・。



私達のような美容クリニックの業界もトレンドに無縁ではいられません。私が開業してから14年くらいになりますが、その短い期間だけでも、トレンドはめまぐるしく変化しました。もてはやされる治療方法などはどんどん変わってきたのですが、一番大きな世の中の価値観の変化は、「外見が美しい人は心も体も元気だ」という考え方が定着した事だと思います。一昔前は、外見を良く見せるために手術したり注射をするというのは人目をはばかる行為でしたし、ある種恥ずかしいと思う傾向があったと思います。人によっては「外見にコンプレックスを抱える事そのものが心の病気だ」って美容治療を否定する人も多かったように思います。(ま・・・今でも一定の数存在しますが・・・。)しかし最近は考え方が本当に変わってきて「外見がいい人は仕事もできるし心も元気、周りを明るくして幸せを呼び込む」って思われるようになったと思います。そしてこれはあらゆる学術的統計からも証明されるようになりました。逆に元気で健康な生活を送りたければ外見に気を遣うべき・・・という学術論文も出るようになっています。



先進国においてアンチエイジングの流れは変わる事はないと思いますし、ますます加速するのではないでしょうか? 最近はお隣の国中国も、ものすごい勢いで経済発展を遂げ、日本に「爆買い」という流行語をもたらしましたが、恐らくこれから、かの国でもアンチエイジングの流れも急激に広まっていく事と思います。恐らくこれからは「爆買い」の次に来るトレンドとして、中国などアジア諸国のアンチエイジング意識の高い人々が日本に押し寄せ「旅行のついでに日本のアンチエイジング治療を受ける」というのが流行るのではないか・・・と密かに期待しています。最近は円安もあってか、本当に外国人の旅行者を目にする機会が増えましたよね。外国人旅行者は大声で叫んだり、マナーが悪いとか、ゴミを散らかすという事で批判的な人もいますが、私なんかは「ようやく日本も外国の人から憧れられるようになったのね・・・」って嬉しく思います。だって私達が若い頃って、バブルの頃なんて特に、農協のツアー客がシャンゼリゼ通りでブランド品を買いあさって、マナーの悪さに現地の人が辟易している・・・って新聞記事をよく読んだと思いませんか? それでもパリ・ロンドン・ミラノ・ニューヨークなんて憧れの地で、いつか行ってみたいと思っていたと思います。今は外国の人が沢山日本に旅行に来られるって事は同じように思われてるって事じゃないですか? 学生時代にアルバイトで必死にお金を貯めて海外旅行した時に、現地の普通の人が普通にそこで生活している姿を見ただけで「いいなぁ・・・こんなお洒落なところに住んで生活できるなんて・・・」って思いました。今は逆の目で見られている訳ですから、なんだかちょっと嬉しい気がします。私が単純なだけなのかもしれませんが、これも時代の変化なんだと思います。



本当にトレンドって「時代の喉の渇き」なんだな・・・って思います。ただ、あんまり喉は渇いてないのに無理矢理お水を飲まされる「陰謀系トレンド」もあるので要注意です。女の子からの告白が定着したバレンタインデーの後に、お菓子業界が一体となって日本国民を陰謀の罠に陥れましたね。そうです、「義理チョコとホワイトデー」です。これはCIAもKGBもどこの諜報機関も真似できないくらい洗練された戦略だと思います。もし旧ソ連の重鎮達が日本のお菓子業界をブレインに取り込んでいれば、日本も社会主義国になってたんじゃないかと思うくらい見事な陰謀だと思います・・・(^_^;)。大体、なんで好きでもない職場の「おっさん」達にチョコレート配らんとあかんの? でも悲しいかな私も整形外科医時代は男社会の中で珍しい女医だったんで、なぜかその流れに抵抗もできず毎年義理チョコを買う羽目に。さらに本命チョコを買う機会がないにも拘らず義理チョコだけを買わねばならないこの理不尽さを、誰に文句言えばいいんだ!と思う事もしばしばでした・・・(^_^;)。それにバレンタインデーにプレゼントをもらったら、何かお返しをしたいっていうのは理解できるけど、マシュマロとかクッキーじゃなきゃいけない理由はないはず。でもまぁ、「陰謀」って分かっててその陰謀の波に乗っかるっていうのも楽しさの一つではありますよね。敢えて陰謀に乗っかる・・・って、心にゆとりがある証拠なのかもしれません。そんな平和がずっと続く事を願って、チョコでも買いに行こう。最近は頑張った自分へのご褒美という「ご褒美チョコ」っていうのもあるようなので、その陰謀には敢えて乗らせてもらいます。皆様も、アンチエイジングという陰謀に敢えて乗ってみたくなったら、是非ご相談ください・・・(^_^)。