第83回 (2010年02月) 「がんばりまっせ~!」

  

こんにちは! 柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。寒い日が続いていますが、皆様は風邪などひかれてないでしょうか。お正月はいかがお過ごしでしたか? 私はお正月は「2005年おせち対決」(クリニック通信第23回)以来、灘のお鮨屋さんN屋のおせちを取り寄せています。N屋はお鮨もすごく良心的で、めちゃ旨なのに安いのですが、おせちも然り。40cm四方はある大きな重箱に、これでもか、と言うくらいぎっしりと詰まったおせちは、野菜からして味わい深いのです。2005年おせち対決の時はそんなに大きなお重とはつゆ知らず、二重を頼んで食べきれなかったので、その後は一重とお刺身を頼んでいました。しかし今年は、クリニックの留学生達には珍しいだろうからおせちを食べさせてあげようと思ったのと、母が入院してお正月は父が実家で一人になる事が年末に判ったので実家にもおせちを持って帰ろうと思い、いつもの友人達も集まるのでちょっと足りないかなと思って一重を二重に変えてもらおうとしたら、二重は早くに売り切れてしまったとか。困ったな・・・と思っていたら、以前おせちを頼んでいた淡路島のホテルAの副支配人Hさんから久しぶりに電話が。あ、そうだ、と思いだしておせちを頼んでみたら、もう締め切りは終わったけど特別に作ってくれる事になったのです。

 

以前のクリニック通信にも書きましたが、ホテルAは大晦日におせちを一軒一軒まわって届けてくれます。いつも同じ方が届けてくださっていたのですが、今回も同じ方だったので再会を喜び、話が弾みました。方やN屋は自分でおせちを取りに行かなくてはいけません。でも値段は半分以下なのでコスパは最高です。Aのおせちはあけてみると「わあ、綺麗!」と声をあげてしまったほど盛り付けが綺麗で美味しそうです。方やN屋のおせちはお世辞にも上品とは言えません。素朴と言うか、大きなままの野菜や魚がごろごろ入っていて、一重とは名ばかりで何段にも重ねて数々の品が詰められているのです。そしてお味の方は・・・Aの方は上品な薄味だけど素材の味もちょっと薄くて物足りないような気がして、N屋の方ははしっかり滋味深い・・・。やはり私としては見栄えよりも中身の濃いN屋の方が好きだなあ・・・クリニックもN屋のおせちを目指そう!なんて言いながら、大晦日から早速食いしん坊の友人たちとおせち対決をしてしまいました。クリニックの新年会は年末年始Nさんが中国に帰ったので帰国を待って5日、という事になったため、おせちは何とか持ったものの、お味の方はかなり落ちていて残念! 来年こそは早めに美味しいおせちをふるまおう、と思っていたら、なんとN屋のおせちは今年で終わりなんだとか・・・。がーーーん!!! 大きな重箱を作ってくれる所がなくなったり、詰める人手が足りなくなったらしいのですが、めちゃくちゃ残念です。話を聞くと、皆にすごく惜しまれているとか。そらそうや・・・と思いつつ、クリニックも「なくなっては困る」と言われなくては、と新年早々思いを新たにしたのでした。

 

さて、そのおせちを追加する原因になったのは母の入院です。2004年のクリニック通信第12回にも書きましたが、私の母は太りすぎで成人病の宝庫。私が小さな頃から膝が悪く、高校時代には高血圧から眼底出血を起こし、将来医者が要るのは目に見えていたので私は仕方なく医者になり、母の膝の手術は自分で執刀しました。しかしいくら言ってもなかなか生活習慣を改善せず、いっこうに痩せないので成人病が進み、何回も命を落としかけているのですが、運が強いのかいつも間一髪で助かっています。心筋梗塞になりかけて詰まりかけた心臓の血管を広げてもらって助かったり、腹部大動脈瘤の手術に8時間かかって奇跡的に生還したり、去年の1月にはついに心筋梗塞になってしまったのですが、救急で運ばれて(と言うか、たまたま「胸痛いねんけど」と私に電話をかけて来たので手配したのですが・・・)詰まった血管を広げてもらって命拾いしたり・・・。まあ、私が症状に気付いて先輩に入院をすぐ手配してもらったり、循環器に関しては関西一と言われる病院に後輩がいて良い先生を紹介してもらったり、そこの内科部長の先生がたまたま知りあいだったり、というラッキーもあるのですが・・・。しかし助かるから懲りないのか、入院の度に反省はするようで一時的には痩せるのですが、しばらく経つと「のど元過ぎれば・・・」でまた太ってしまって命を落としかける、という事を繰り返しています。あつかましく「90まで生きるねん」といつも言いながら、不摂生の連続・・・という矛盾。母のために医者になったのだから仕方ない、と入院の度に面倒を見て来たのですが、さすがに1月の心筋梗塞の時は「ええかげんに痩せな今度こそ死ぬで!!」と怒ってしまいました。本人も「今度こそ懲りた」と言ってだいぶ痩せたのですが、ちょっとボケて来たのか11月末にまた油断して食べ過ぎ、心不全をおこして呼吸困難になり、救急入院してしまったのです。幸い心不全はすぐに改善したのですが、冠動脈(心臓を栄養する血管)のカテーテル検査をすると、あちこちが詰まりかけていて、特に一番根元の太い血管が詰まりかけているので、バイパス手術をするしかないと言われてしまいました。

 

 

バイパス手術というのは、他の血管を冠動脈につないで、詰まった血管の先にも血液が流れて心臓が栄養されるようにする手術で、かなり大きな手術です。大学の循環器内科にいる後輩に聞くと、母が80歳を過ぎている事もあって術中・術後のトラブルで元気に帰れない確率は10-15%だそうで、かなり高い。う~ん・・・。大動脈瘤の手術の時は症状がなく、選択の余地がありましたが今回はしないと仕方ないようなので、私はある程度「しゃあないな・・・」と思っていましたが、父も姉もめちゃくちゃ心配しています。しかし大動脈瘤の手術の時と同様、本人はやる気満々。内科の主治医が「プリンス進○」というあだ名の若くてかわいい先生だったのですが・・・母曰く、
「プリンス進ちゃんが来て、『手術しますか?』て聞くから、『OK! しまっせ!』て言 うてん。そしたら部長
 のK先生が来て、『手術ノリノリやねんてな!』て言いはんねん。
 『そうでんねん! がんばりまっせ~!!』て言うといたわ!」
(どこまで明るいっちゅうか、前向きやねん!)  

 

母の病室にいると、そのプリンス先生が検査の結果と心臓外科との検討会の結果を説明に来てくださいました。
先生:「外科の先生とも検討したんですが、多くの血管が詰まりか
         けていて、本管も詰まりかけているのでやはりバイパス手
         術をした方が良いだろうという事になりました」
母:  「やっぱり太りすぎたらあかんのんですな! うち、小さい頃
         からええもんばっかり食べてましてん! メタボてゆうやつ
         ですかいな?」
先生:「いや、メタボはとうの昔に通り越しています・・・」
母:   「そうでっか!! そらそうですわな~」

先生の説明の時は、いつも母がしゃべりまくるので説明がなかなか進みません。
父:「要らん事言わんとちょっと黙っとけ」
母:「そうそう、K先生の部長回診の時も、聴診器当ててはんのにしゃべりまくるから、
     『聞こえへんのでちょっと黙ってください』て言われんねん!」

母がしゃべり出すといつも重大な手術の説明の時もギャグの連発になってしまうのですが・・・。 内科の先生には12月中旬に一旦退院して、年明けに手術しては? と言われたのですが、心臓外科の先生の外来を受診すると、そこまで待たない方がいいと言われ、なんと12月24日のクリスマスイブが手術日になってしまいました。(この年になってクリスマスもないですが・・・)

 

手術まで一旦は退院となったのですが、さすがに母以外の家族は今度こそ最後かもと思い、12月30日の母の誕生日には誕生会ができないだろうから先に食事会をしようと集まって、写真を撮ったり声を録音したり・・・。しかし母は全然心配していない様子。
「うまいこといくやろ! せっちゃんが日本一の先生紹介してくれてんから!」

母は大動脈瘤の手術以来、プラセンタ点滴をしに時々クリニックに来ていたのですが、大阪弁でしゃべりまくるのでクリニックの留学生達にも「お母さん面白い!」と人気者。しかしクリニックの皆もリスクを察知していたようで、「手術の前にお母さんのお誕生日会しましょうよ」と言われていたのですが、母は
「手術終わって元気になったらしよな!」「大丈夫、大丈夫! あの子らにも心配せんでええて言うといて!」とあくまで前向きです。
入院して病室に行っても「あんた来たん! 忙しいのに来んでええのに! 大丈夫やて!」
「手術ノリノリやねんてな!て言われてん。ノリノリやで! がんばりまっせ~!」
・・・もう母の「がんばりまっせ~!」はギャグになってしまっています。

 

 

しかし冷静に考えると、やはりかなりリスクの高い手術です。いくら日本一の先生に手術してもらっても、本人の年齢や合併症の問題もあるし・・・。さすがに私も今回は覚悟していましたが、1月の心筋梗塞の時の主治医の先生が転勤で京都の病院に行かれたので、今回の母の状況を報告すると、手術の前日にわざわざメールをくださいました。そこには・・・
「お母様がバイパス手術を明日受けられるそうであり、さぞかし心配の事と推察致します。(中略)先生も実
 感されているでしょうが、他人の人生経過で医師が介入できる部分はごくわ ずかで、あとはその人に定
 められた運命通りだと思います。過去に何度も修羅場を切り抜けられたお母様の運に、今回もきっと守ら
 れると信じております」・・・とありました。

 

そして手術の日。心臓外科の先生には「手術の予定時間は4時間ですが、麻酔や準備もあるので9時に手術室に入って順調にいってもICU(集中治療室)に帰ってくるのは午後4時か5時でしょう」と言われていたし、手術はたいてい予定時間より延びるもの。それに大動脈瘤の手術の時は、動脈硬化がひどくて血管がボロボロで苦労した・・・と血管外科の先生に言われ、4時間の予定の手術が8時間かかったので、長丁場を覚悟し、待ち時間に仕事をしようと思ってパソコンも持って行きました。しかし予想に反して手術は予定通りの時間ぴったりに終わり、母は見事に生還したのです。それどころか「麻酔が覚めるのに2日ほどかかり、ICUを出るのは1週間はかかるでしょう」と言われていたのに、翌日には麻酔が覚め、その翌日にはICUを出てしまいました。その後順調に回復して2週間ほどで退院。周囲の心配をよそに、母は「元気やで! 80過ぎて、こんな早よ治る人おれへんやろ!」と自慢げです。「病は気から」と言いますが、ほんとうにそうかもしれません。やっぱり人生気合ですね。  しかし6年前の大動脈瘤の手術の時は血管がボロボロと言われたのに、今回はそんな事もなくスムーズに手術が終わり、驚異的な回復を見せているのは、大動脈瘤の手術以来、調子の悪い時は週3-4日、それ以外でも2-3週間に一度はプラセンタ5本入りのビタミン点滴を続けてきたからではないか? と私は密かに思っています。もちろん母の強運と限りなく前向きな、人生における気合は大きいと思いますが・・・。

 

「人生には、ポイントを押えないといけない時が何回かある。大きな試験や人生の分かれ道となる重要な時である。そういうポイントは、決してはずさないように気合を入れなくてはならない」・・・これは先日クリニックでスタッフに教えた事ですが、人生には本当に押えるべきポイントがあり、その時にどれだけ気合を入れられるかが成功のカギだと思います。しかし、一方で周りを見渡しても「気合いだけは誰にも負けない」のになかなか結果が伴わない人が多いのも事実。その人達を見ていると「気合」だけあってもダメなんだなぁ・・・って思ってしまいます。一体どっちが正しいのでしょうか? 私の個人的な見解で申し上げると、常に気合が入っている人はその状態が「普通」になってしまう。一方で日頃はリラックスしている人が本気で「気合」を入れると凄い力を発揮する事がある・・・という事だと思います。結局、人間ってONとOFFの組み合わせなんですね。そしてそのONとOFFとの落差が激しいほど効果が高いように思います。薬も常に飲んでいる人は効かなくなってきますし、インシュリン注射のような治療も常に外部からインシュリンが投与される事に体が慣れてしまうと、膵臓からインシュリンが本当に分泌されなくなってきます。つまりどんな状態であれ、それが体に良くても悪くても、長い時間継続すると体はそれに「慣れてくる」と言う事です。ご存じの通り人間には交感神経と副交感神経という二つの相反する自律神経があり、どちらかが優位になるとどちらかが静まります。人間が生きていく上ではどちらも必要な機能で、多くの病気は自律神経のバランス失調によって発生すると言われています。それはまるでお湯を温めるのにガスコンロのスイッチを入れたかと思うと、そのお湯を冷やすのに今度はコンロのスイッチを切って、冷蔵庫のスイッチを入れると言うような状態です。普通に考えればコンロのスイッチを切って自然に温度が下がるまで待てばいいようなもんですが、実際の人間の体はそうはなっていません。これは恐らく長い生存の歴史の中で「自然に温度が下がる」まで待てないような緊急事態に何度も遭遇したための進化ではないかと思います。そして、人間には「存在する機能は使わないと退化してしまう」という厄介な面があります。運動しないと筋肉が弱って退化するの同じです。しかも運動して筋肉をつけると言っても運動によって直接的に筋肉が増えるのではなく、運動によって筋肉を壊して、その後の休憩によって壊れた筋肉がより強靱な筋肉に再生されていく・・・というのが正しい表現です。人間って、そもそも「過激な生き物」なんですね。

 

常に頑張っているのに結果が思わしくない・・・って人は実は「リラックスするのがヘタな人」であるように思います。一方で常にリラックスして緊張する事がない人・・・の結果が最悪なのは言うまでもありません。近年座禅やヨガなどが見直されていますが、これらは「正しくリラックスする手法を会得する」事を目的としていると思います。ヨガなどは正しくリラックスするために体の持っている運動機能を上手く利用していると言えるでしょう。私の母も思えば「気合を入れる」時も人一倍ですが、「リラックスする」時も人一倍です。このメリハリによって「気合を入れた」時の効果が出ているのではないかと思います。それを今回は母に教えられた気がしました。私も50歳になり、人生の節目を迎えました。改めて「気合を入れて頑張るべき時は今以上に気合を入れる」そして「リラックスして静養すべき時はリラックスのプロになる」ような生き方をして行かねばならないと思った次第です。ただ、若い方は「リラックスのプロ」にならなくても、一生懸命頑張って、疲れてバタンキューと寝てしまうだけでも十分に回復しますので、その心配はご無用です。ある程度の年齢を超えると「緊張」と「リラックス」のバランスを考えていかねば結果が出ない事が多いという事なんですね。私もONとOFFのバランスを調整しないといけない年齢になってしまいましたが、まだまだ「がんばりまっせ~!!」