第72回 (2009年03月) 「モンゴルの風」

  

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こんにちは! 柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。2月と言えば、14日までは世の中はバレンタイン一色でしたよね。皆様は、意中の人にチョコレートをあげられましたか? 私はと言えば、はるか昔には好きな人に手作りチョコ・・・という時代もありましたが、今はこの時期にしか出回らない、いろいろなチョコを自分で買って味見するのを楽しみにしています。(どこまで食いしん坊なんだか・・・。)そう言えば高校時代には7人もの女の子からチョコをもらって、同級生の男子に怒られたことがあります。昔から「男前」と言われていたので、働き出してからも患者さんや看護婦さん(今は看護師さんですね)からよくチョコをもらいました。それに対し、あげる方は年々お歳暮化している感じです・・・。
しかしバレンタインっていうのはチョコレート業界の陰謀ですよね。私もついつい乗せられて買ってしまいますが、一粒何百円もする高級チョコよりシンプルな明治のチョコの方が美味しかった時なんかは「やられた!」と思ってしまいます。チョコも見かけではなく中身だ、と思い知らされます。


 

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さて、チョコをネットショッピングしている時に、ヤフーニュースで「山口百恵・三浦友和長男歌手デビュー」という記事を見つけました。「精悍なたたずまいは友和似、目とふくよかな唇は百恵ちゃん似のイケメン」で、親の七光りと思われるのが嫌で両親の名前を出さずに地道にライブ活動を続ける中、制作したデモテープがプロデューサーの目に留まり、08年5月にレコード会社と契約して、11月に念願のデビューを果たしたのだとか・・・。へー、最近の若いもんにしちゃあ、やるやん・・・。そのデビュー曲がyoutubeにアップされているとあったので、ちょっと見てみよう・・・とyoutubeを見ると、関連動画に懐かしの「友和・百恵」の動画がずらり・・・! 思わずyoutubeサーフィンしてしまいました。「プレイバックPartⅡ」や「美・サイレント」、「絶体絶命」「いい日旅立ち」など当時大流行だった曲の動画を見て、「懐かしい~!」 そしてやっぱり百恵ちゃんはかわいい上にカッコイイ!! 二十歳前後とは思えない落ち着きと迫力があり、しっかりとした芯がその瞳に表れている気がします。
百恵ちゃんと言えば人気絶頂の時期に三浦友和と結婚し、その愛を貫くために芸能界を潔く引退したという伝説の人です。周囲はもちろん大反対だったでしょうし、当時の百恵ちゃんの人気は凄かったので、自分の生き方を決めるというよほど強い意志がないと引退なんかできなかったと思います。「私のわがまま、許してくれてありがとう。幸せになります」というさよなら公演でのセリフも有名ですよね。離婚や不倫の話題が絶えない芸能界で、三浦友和の周りにはそういう話題が無縁なのは立派。きっと百恵ちゃんの強い愛のおかげでしょう。2人の結婚式・新婚旅行前の記者会見などの動画でも、その澄んだ瞳には希望に輝く光と共に、自分の意志を貫く強さが表れているように思いました。百恵ちゃんはきっと心のこもったチョコを友和さんだけにあげたんでしょうねえ。長男が親の名前を出さずに地道にライブ活動を続けてデビューを果たした・・・という記事を読んで、きっと百恵ちゃんゆずりの芯の強さがあるんだろうなと想像してしまいました。
 
 

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ところで、百恵ちゃんに似た澄んだ瞳をした子がクリニックにも来ました。クリニック通信第70回でも紹介しましたが、中国は内蒙古(モンゴル)自治区から来たSちゃんです。中国で看護学校を卒業し、日本で看護師になるのが夢で昨年日本に来たとのこと。中国で日本語を勉強し、日本に来てからは日本語学校に通いながら中華料理店やコンビニでバイトをしていましたが、クリニックでアルバイトを募集していて外国人も可能という話を聞いて、すぐに応募したそうです。応募の電話があったのでまず履歴書を送ってもらいましたが、中国の地名や学校名が日本とちょっと違う漢字で並んでいて、よく解りません。取り合えず面接をしてみると、中国なまりが激しかったけど結構日本語が話せました。
 

Sちゃん:「私ハココデ雇ッテモラエタラ、他ノアルバイト全部辞メテ、休ミナシデ頑張リマス!」
      ・・・と何回もアピール。
柴田  :「勉強することいっぱいあるけど、大丈夫?」
Sちゃん:「ダイジョブ! ホームページ、全部ミマシタ。全部ワカリマシタ。
       ダイジョブ、ガンバリマス!」
柴田  :「ここでは仕事でパソコン結構使うけど、使える? メールもできる?」
Sちゃん:「ハイ! ダイジョブ、使エマス!」
 

履歴書には「中国で2年くらい看護婦をしたことがあります」と書いてあるけど、それにしては年が若い。
よくよく話を聞いてみると、内モンゴルの看護学校を二つ卒業していて、その実習では看護師の監視下だと採血も点滴もしてもいいのだとか・・・。
ここまで解るのに相当時間を要しましたが、真っ直ぐこちらの目を見つめ、
「センセー! 私ココノ仕事トテモシタイ! ココニ来タラ、他ノコト全部辞メテ、一生懸命頑張リマスカラ!」
その瞳が真実を訴えているように見えたので、採用してみることにしました。


 

さて、Sちゃんの初出勤の日。他にもクリニックに入ったばかりのアルバイトの子もいたで、PRPを初めとしたクリニックの治療法を一通り説明しました。ホームページも全部解ってる言っていたし、日本語もかなりできるみたいだから大丈夫だろうと思っていたら、全く解らなかったらしく、

Sちゃん:「センセー! 日本語シャベルノ早クテ解ラナイ!」

柴田  :「あれ? ホームページ全部解るって言ってたやん?
            今話したこと、ホームページにも載ってるけど?」
Sちゃん:「エ? ホームページ、全部読ミマシタ!デモ、ソンナニ多クナイ!」

 

よく聞いてみると、どうやらクリニックのパンフレットのことを間違えてホームページと言っていたらしい。あちゃ!! それに、日本語が面接の時よりも全然通じません。 あれ? おかしいな。面接の時は結構話せる風だったのに・・・。そうか、面接の時は一生懸命練習してきたんや。それで自分の覚えてきた言葉を何回も繰り返していたということが解りました。
 

そのうち、Sちゃんの面倒を見ていたパスツールK君が・・・
K君   :「先生。Sちゃん、ワードもエクセルもほとんど使えませんよ」
柴田   :「え?? パソコン使えるって言ってたけど? 
       (Sちゃんに)あんた、パソコン使えるって言うてたやん!?」
Sちゃん:「中国デハ使エマス! デモココノハ中国ノト、チョト違ウ!」
 

ありゃ~。 そしてメールも個人的なちょっとした連絡はできるけど、敬語がよく解らないので患者様とのやりとりは無理でした。は~・・・。しかしこれだけ日本語ができないのに、日本人ばかりの職場で働こうとはたいした度胸です。面接では何でも「ダイジョブ!」と言っていた様子。それもすごいハッタリというか、自信? 度胸すわってる? 日本人にはまずまねできませんよね。この話を中国で会社を作った友人Mにすると、

M:「中国人っていうのはある意味あつかましいからね。初めてする仕事でも給料はちゃんと要求し、ダメも
      とで交渉してくる から。でもその分、しごいたらすごく頑張る人がいるね。 日本人だったら言葉がで
   きないだけで、もう引いてしまうでしょ。言葉があんまりできなかったら外国人の中で働こうなんて思わ
   ないよねえ。海外に行って、朝一番に開いて深夜までやってるレストランとかスーパーなんかは必ず
   中華街にあるもんね。言葉のハンディなんて別のガンバリで補えばいいんでしょってな感じだよ。た
   だ、戦後すぐの日本人って多分こんなガッツのある人が一杯いたんだろうね 。」


 

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その通りで、Sちゃんはすごく頑張ります。実習で看護師と同じような事をしていただけあって、点滴の用意や介助、消毒などはお手のものなのですが、何しろ日本語がまだまだなので、患者様にかける言葉は何回も練習しなければなりません。「たちつてと」が「さしすせそ」になってしまったり、「L」の発音が「R」になって巻きすぎてしまったり、「ありがとうございます」が「アリガトゴジャイマス」になったりするので、何回も何回も練習しました。初めてするレチノイン酸導入や美肌再生プログラムなどの施術も、マニュアルも日本語だし患者様に声かけもしなくてはいけないのでなかなか難しい。
何回も練習して、先輩スタッフにも指導してもらって、もう大丈夫じゃない?という段階になってから私の試験を受け、合格したらデビュー(実際に施術)するのですが・・・。

柴田  :「私は何回も付き合う時間ないから、1回で合格するまで練習してね。ほんとに大丈夫?」

Sちゃん:「ハイ! ダイジョブデス!」

しかし、私が試験をすると緊張するのか間違えてしまって、何回も試験中断です。Sちゃんは「センセ~!!」と泣き顔。「センセー、厳シイナ~!」 しかしSちゃんはへこたれません。一時は「コンナニ試験通ラナイ子ハ邪魔デショ?」とちょっと落ち込んでいましたが、また復活し、何回も練習しては先輩スタッフをつかまえて「見テクダサイ!」と頼んでいます。そしてついに試験合格!Sちゃんは「センセ~!アリガトゴジャイマス~!ミナサンノオカゲデ通リマシタ~!アリガトゴジャイマ~ス!」と大喜び。そしていよいよデビューです。Sちゃんはとっても嬉しそう。最初は言葉が通じにくかったようですが、最近は美肌再生プログラムの後に「マッサージドウデシタカ?」と聞くのを覚え、「気持ち良かった」と言ってもらえると、「アリガトゴジャイマ~ス!」研究室に戻ってくると、「マッサージ気持チヨカッタト言ッテモライマシタ~!!」と大喜びです。
「ワタシモット日本語ジョウズニナッテ、モットモット頑張リマス!!」その前向きの姿勢とガッツは素晴らしいものがあります。

 

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ところで、私は最初Sちゃんは中国人だと思っていたのですが、ある日そうではないことが判りました。Sちゃんが変わったブレスレッドをしていたので、
柴田:  「そのブレスレッド、中国の?」
Sちゃん:「モンゴルノ!」
柴田  :「Sちゃんモンゴル行ったの?」
Sちゃん:「エ? ドシテ? ワタシハ、モンゴル人デスカラ!」

え? 内モンゴルって、中国じゃなかったっけ。調べてみると、モンゴル高原には朝青龍の出身国であるモンゴル国と、中国北部にある内モンゴル自治区があり、モンゴル国は中国から独立した国で、内モンゴルは中国の中でモンゴル民族が集中している地域を自治区と呼んだものだそうです。そしてSちゃんの説によると、中国人というのは漢民族のことを指し、モンゴル民族はモンゴル人で「中国人トハ全然違ウ!」のだそうです。まあ、中華人民共和国の国民という意味ではSちゃんも中国人なんでしょうけど、Sちゃんは自分は中国人ではなくモンゴル人だと主張しています。確かに、モンゴル民族の生活習慣は漢民族とはだいぶ違うようです。Sちゃんの実家は草原にあり、Sちゃんも5歳くらいまではパオ(遊牧民の移動式テント)に住んで3-6カ月ごとに草原を移動していたそうです。モンゴル料理も中華料理とは全然違って、羊の肉や牛乳・チーズなどをたくさん食べるそうな。ぐるなびでモンゴル料理店のメニューを見ると、ほとんどが羊肉料理でびっくりしました。そうかー、Sちゃんはお肉や牛乳で育ったからあんなにガタイがいいのかな。(朝青龍もそうかも?)そして広々とした草原で育ったから、小さなことではクヨクヨしないのかもしれません。学校で試験があっても、日本の学生はたいてい「試験期間中はアルバイトに来れません」と言うのですが、Sちゃんは試験なんてなんのその。「試験? ダイジョブ、イツモ通リヨ!」それでも成績は日本語学校で一番だったそうです。
 

 

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そんなSちゃんにも一つ頑張れなかった事があります。
それはダイエット。
Sちゃん:「センセー、ワタシ日本ニ来テカラ8kg太リマシタ!
           日本ハ、パントカ、ケーキトカ、トテモ美味シイ!」

8kg太ってやばい、と思い、ダイエットを始めたらしいのですが、なかなか減らないのだとか。
「最近、ケーキ食べテナイヨ!」と言うのですが、良く聞くと、1週間に飴を2袋食べるそうな。そらあかん。前のクリニックでしていた痩身指導の資料をあげると、ケーキや唐揚、あんまんなどの「減らさないといけない高カロリー食品」の欄を見て、「ワタシコレ全部好キヨ!!」
 

う~ん、やっぱり。一緒にコンビニに買い物に行くと、フレンチドッグや唐揚の前では目が輝きます。それらを諦めさせてサラダとおでんを買うと、Sちゃんはションボリ。でも、サラダを食べているとやせると聞いたSちゃんは、持前の頑張りで、2週間サラダを食べ続けたそうな。そして毎朝クリニックに来ると、コソコソと体重を量っていました。やっと2kg減って、「減りマシタ~!!」と喜んでいたのですが、急に食事を減らしすぎたようで、「オ腹スキスギテ痛イ! ソレニ、力出ナイヨ! センセー、ワタシ、ダイエット中止~!!」 

それからしばらく「モウダイエットシマセン! ホントニ、力出ナイヨ!」 と言っていましたが、みんなで食事に行ったりして太った人を見るとすぐに「アノ人ワタシヨリ太イ!」 と言ったり(みんなはその人に聞こえないかとヒヤヒヤしているのですが)ダイエットは気になるようで、すぐに立ち直って今では「春休ミニナッタラモウ一度頑張りマス!」と言っています。その立ち直りの早さも素晴らしい。

 

 

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Sちゃんはクリニックに来てからどんどん日本語も上達し、スタッフに冗談を言えるまでになりました。その明るい笑顔と前向きな力強さは、草原を吹く風のようにクリニックに旋風を巻き起こしてくれました。こんな頑張り屋さんがいたら、他のスタッフも頑張らないわけにはいきませんよね。Sちゃんは早くもクリニックのムードメーカーになっています。それに気は優しくて力持ち(パスツールK君より力は強い!)で、自分は学校とバイトで休みがないのに、私が休みの日も仕事をしているのを知って、逆に心配してくれたりします。

 

Sちゃん:「センセー休ミナイ。センセー、スゴイナー。デモ大変ネ。ダイジョブ?」
柴田  :「Sちゃんこそ、休みないやん。しんどくない?」
Sちゃん:「学校ハ自分ノタメダカラ、ダイジョブ! ソレニワタシ、コノ仕事好キデスカラ!」
柴田  :「へー。どうして?」
Sちゃん:「ミンナ綺麗ニナッテ、ミンナ喜ブデショ? ダカラズット日本ニイテ、医学ノ勉強シタイデス!」
柴田  :「そう・・・(^ワ^)。でも、どうして日本がいいの?」
Sちゃん:「ダッテ、日本ノ方ガ医学ノレベル高イデショ?? ワタシ、イイ大学ダッタラ行キタイ!
      ヨクナイダッタラ、行キタクナイ!」
 

その澄んだ瞳には、強い芯が見えました。そう言えば、日本人とモンゴル人はルーツが同じって言いますよね。だからSちゃんの瞳は百恵ちゃんに似てるのかな?

 


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そう言えば、百恵ちゃんの最後の曲をご存じですか? 私と同年代の方であれば恐らく殆どの人が聞いたことがあると思いますが、「さよならの向こう側・・・♪」ですね。今聞いても、時を越えて心にしみる名曲です。 別れの際に、さよならの替わりに「ありがとう」を捧げる・・・という内容の歌ですが、自分が引退する際に、自分をここまで育ててくれた周りの皆さんに感謝し、さよならの替わりに「ありがとう」を捧げたいという百恵ちゃんの気持ちがこめられていましたね。(もっとも曲の中で直接「ありがとう」という日本語がでてくる訳ではないのですが、「さよならのかわりに・・・」というフレーズの後に自然と心の中で「ありがとう」という言葉が聞こえるのがこの曲が名曲たる由縁ですが・・・) あの気丈な百恵ちゃんが涙の中で最後まで歌い上げる姿が印象的だったし、その後多くのアーチストがカバーとして歌っています。何かの幕引きをする際に、心の底から「ありがとう」と言って去るという事ができる人は最高に幸せな人だし、何かを成し遂げた人の特権なんだな・・・って思います。 
 Sちゃんももしかすると将来は自分の国に帰るかもしれません。その時に本当に「ありがとう」と言ってもらえるかどうかは本人の努力と我々の責任だし、私が人生を終える時には、心の底から「ありがとう」と言って去りたいものです。恐らく本当にそう思えるようになる為には自分が納得できる程成長しなきゃダメなんですよね。その為には逆境にめげず、チャレンジを続けて行かねばならない・・・と、外国から来て慣れない環境の中で頑張る若い人を見て思いを新たにしました。私にできる事は限られているのですが、何とか質の良い医療を安価に提供するという目的を達成する為に努力していくつもりです。 今月は新たな試みとして医療業界では初めての「共同購入」を実験的に行ってみたいと思います。皆様に支持されるかどうか不安な面もありますが、少しでも今よりも良いものを提供できるようにと日々チャレンジしていくつもりですので、宜しくお願い致します。