第117回  (2012年12月)  「ノーベル賞の裏側で 」

  

こんにちは。柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。最近は朝や夜は冷え込んで来ましたね。紅葉の季節も真っ盛りという事で紅葉狩りに行かれる人も多いと思います。日差しも柔らかく長時間外にいても気持ちがいいのですが、この柔らかい日差しが案外大敵なんです。夏の直射日光を浴びて平気な人は流石に最近は少なくなってきたのですが、この時期の日差しはつい油断して日焼け止めも付けずに長時間あたる人が多く、結構日焼けする人が多いんですよ。せっかく気持ちのいい行楽日和なんで外出は大いに結構なのですが、やはり日焼け止めはこの時期こそ忘れずに持って行ってくださいね。

 


最近の話題と言えば、日本人では19人目になるというノーベル賞がiPS細胞を発見した山中先生に授与されました。医学生理学賞の分野では日本人では25年ぶりで2人目なので、もう大快挙だと思います。よく風邪を治す方法を発見したらノーベル賞だとか、癌を治すことができればノーベル賞ものだという言葉を聞きますが、iPS細胞はそんな今すぐ難病が劇的に治るというような発見ではなく、あくまでも「今後の研究によってはものすごい事ができる可能性」を発見したという事になります。ただし、この「可能性」があまりにも凄くて世界に与えるインパクトが大きく、若干50歳でノーベル賞の栄誉に輝いたのです。勿論、山中先生も国家試験を通って医師免許を持ったお医者さんなんですが、私のような臨床医師とは全く違う分野で活躍されています。(違うのは当たり前や・・・って思われるでしょうが、あくまで分野の話をしているのであって、頭の構造の話をしている訳ではありません・・・あしからず・・・^^;)山中先生は我々の世界で言うところの「基礎」という分野の人です。「基礎」とは「基礎医学」の略で、解剖学や生理学、病理学や薬理学など、人体の構造や機能、疾患とその原因など、医学研究の根拠となる知見を得るための学問分野です。大きな病院に行くと「脳外科」とか「整形外科」「内科」と言った標榜科に分かれており、それぞれの科に専門医が在籍していますが、それらはみな「臨床医学」の分野です。「基礎」の分野は一般の臨床医学の分野と違って、大学とか研究機関などにしかありません。いわゆる患者さんを診察して病気を診断して、治療を行うのを臨床といいいますが、「基礎」と呼ばれる分野はイメージとしては試験管とプレパラート、集められたサンプル、そして動物を主に相手にして研究しているお医者さん(研究者)です。彼らは普通は病院にいるのではなく研究機関にいて、病院から運び込まれた標本(サンプル)などを色々な角度から分析して、病気の原因や問題の本質を突き止めようとしたり、純粋に研究者としてマウスの皮膚に発ガン性物質を塗ってガン化させた細胞をプレパラートに取り出して、色々な薬剤を入れてガン化した細胞の増殖を抑制する物質を見つけたり・・・てな研究をしている訳です。

 

 

私が大学の医学部にいた頃からそうでしたが、ほとんどの学生は臨床医(いわゆる一般のお医者さん)を目指して医学部に来ます。そして実際にほとんどの人が臨床医となって各病院に巣立って行きます。そのような中でごく一部の人が「基礎」という、どちらかというと研究職に近い分野を選択します。勿論、「基礎」の皆さんがしっかりとした治療の論理と裏付けをしてくれなければ臨床における治療は成立しない訳で、文字通り「基礎」なんですが、一般的な臨床医とはかなり違う世界で、ひたすら地味な研究を続けて日の目を見る事が少ないというイメージがあり、やっぱり外科をはじめとした華やかな臨床医の世界とは一線を画しています。(私が勝手にブラック・ジャックを華やかな世界と勘違いしているだけなのかもしれませんが、白い巨塔をはじめとしてドラマや映画に出て来るお医者さんはほぼ100%臨床医です。ごくごく稀に法医学という、遺体を解剖して残された証拠から犯人を暴くという世界が紹介されますが、あれはホントに例外ですね。それに法医学の先生には申し訳ないですが、ドラマに出て来るようなキャラの先生にはお目にかかった事がありません。映画ではかなり脚色が入っていると思いますねぇ・・・。)

 
 

 

そんな世界なので、「基礎」という分野は学生の頃から「ちょっと変わった奴」が進む道と思われがちでした。手術を中心とする外科の世界は治療の基本となる論理をしっかり身に付けているだけでなく、手先が非常に器用で「技」と「経験」がないとできません。それに一歩間違えば人が死ぬわけですから、大きなリスクをとってその手術の実施決断をしなければなりませんし、大きな手術となれば麻酔科の先生をはじめとして複数の専門家を束ね、チームで推進しますので、グループに指示を出すリーダーシップも必要です。突然患者の容態が変化した場合でも冷静に的確な指示を出さねばならず、常に鉄のような冷たい冷静さと人間を助けたいという温かい人間味の両方を持っていないといけないのです。そんな訳でドラマの主人公に最もなりやすい立場である事は間違いありません。一方で「基礎」の世界はその真反対にあると言っても良い地味な世界です。






山中先生の逸話として有名なのは、彼は最初整形外科に入ったのですが、手術を器用にこなすことができず、先輩の先生から「ジャマ中」とあだ名を付けられたという話です。そんな不器用な自分は臨床医は向いていないと考え、基礎の分野に進む事になったという話が連日ニュースで伝えられていました。(その「ジャマ中」ってあだ名をつけた先輩はどんな気持ちで山中先生のノーベル賞受賞のニュースを聞いたんでしょうね・・・(^^)。)まぁ・・・有名になった人の逸話なんでどこまで本当なのかはわかりませんが、私が知っている中にも不器用で手術などに向いてないとか、人の相手をするのが苦手で基礎に行ったという人も実際にはいました。そのような地味でどちらかというと目立たない人達の中で、山中先生のようにノーベル賞受賞者が出るという事は、基礎の皆さんには本当に「きら星」のように輝く存在だと思います。人間は持って生まれた特徴を活かす事が重要であって、いたずらに派手な世界を追いかけるのではなく、自分に与えられた役割をしっかり果たして行く事で時間をかけても成果が出る事があるのだ・・・という事を改めて思い知らされる嬉しいニュースだと思います。当院にアルバイトに来る医学生の中にも、たまに不器用で臨機応変に対処ができず「臨床医はやめといた方がええんちゃうかなあ」と思う子達がいますが、彼らにも希望の光が見えた気がします。



ところで、私も山中先生には及びませんが、(そんなの当たり前だが・・・)地道な研究は日々進めています。ちょっと氏にあやかって最近の研究を紹介してみたいと思います。先日から、イタリアから仕入れたシミを薄くする注射の実験をしています。イタリア産シミ注射はホワイトインという名前の注射で、1~2週間に1回のペースで5回くらい打つとシミが薄くなると言われています。シミ治療はレチノイン酸療法が抜群に効果がありますが、レチノイン酸クリームは刺激が強いので、お肌が弱い方にはアレルギーを起こしたりするリスクがあって使いにくい面があり、シミ用の注射があるとそのような方への朗報になる思います。しかしホワイトインはメラニンの産生を抑制する成分が主体なので、メラニン産生抑制剤ならクリニックでも使っているビタミンCやトラネキサム酸・美白剤などでもいいんじゃないの?それに細胞を活性化してメラニンの排出を促進するビタミンAなどの薬剤を混ぜれば最強なんじゃない?などと考えて、それらをカクテルしたシミ用の注射を作り、ホワイトインと比べる事に。実はずっと前にもシミ用の注射を作ろうとして実験した事があるんですが、効きそうな薬剤を全て混ぜたらボコボコに腫れた上にあんまり効果がなかったり(モニターをしてくれた製薬会社のMRさんが、草野球のコーチをしていて毎週日焼けしまくっていたせいかもしれませんが・・・)、シミ用のメソリフトを作ろうとしてうまくいかず、やっぱりシミにはレチノイン酸療法の方がいいや、と実験を中止してしまった事があります。なかなか大きな声では言えませんが、皆さんに正式にメニューとして出す前に、色々な実験台になってもらった皆さんがいて(勿論、本人にはリスクを説明してそのリスクを承知の上で実験台になってもらう訳ですが)時には「ありゃ・・・これは申し訳ない事したなぁ・・・」って事だってあります。通常は自分でまず試してから、本当に親しい知り合いの人などに協力してもらい、一定の成果と安全性があると思えるとモニター募集をして実地検証します。そんな訳で私の親しい知り合いやクリニックのスタッフの皆さんには災いが時に振りかかる事もある訳です・・・^^;)。それに以前は安全性と効果だけを追求していましたが、最近は皆様より痛くなく、ダウンタイムの短い治療を望まれるので、それも考えながら研究しなくてはいけません。それで今回はあんまり日焼けしない人をモニターに選び、明らかに腫れると分かっている薬剤は除きました。




そしてまず私とスタッフYちゃんが試す事に。薬剤のpH(酸性度)が低いと痛いので、それぞれの薬剤のpHを測定し、薬剤を混合した注射液のpHが7以上になるように調整しました。
しかし実際に打ってみると・・・「痛―ッ!! これは最強に痛い!! PRPより痛いよー!!」こらあかん。どうも注射の痛さの原因はpHだけではないようだ。そこで痛いと思われる薬剤を一つ抜いてみました。しかしまだ痛いし腫れる。うむ・・・原因はどいつだ?? 薬剤を一つずつ個別に打ったり、いろいろな組み合せを作って打ってみました。すると今使っている薬剤の中でメラニンの産生を抑制するものは全て痛いし腫れる事が分かってガックリ。中には打つと赤くなるものも。仕方なくホワイトインだけを打ってみました。これもちょっと痛いしちょっと腫れます。まあ今回作ったシミ用注射よりは全然ましだけど。メラニンの産生を抑制する薬剤であまり腫れずそれほど痛くないのはホワイトインだけになってしまったので、それに細胞を活性化する薬剤を混ぜてみました。細胞を活性化する薬剤は、アイリペアカクテルやリフトアップカクテルを作る時に実験しまくって腫れなくて痛くない薬剤が分かっているのでそれを混ぜると、なんと! ホワイトイン単独よりも腫れないし痛くないではないか! あとは何回か打ってみて、効果を確認すれば・・・。皮内に浅く打つと腫れるのでまだ研究の余地はありますが、何回も挫折したシミ注射にも一筋の光が見えて来た感じがします。そんなこんなでうまくいってない研究のネタは沢山あっても、うまくいってる研究って本当は非常に少ないのです。それでも諦めずに前進あるのみ・・・です。




ノーベル賞と言えば、あらゆる生物のDNAの構造が二重らせんであるというモデルを考え出してDNAの研究を一気に発展させ、今世紀最大の発見とも言われたその功績からノーベル賞を受賞したD・ワトソン博士がいます。彼の書いた「二重らせん」という書籍がこれまた世界的なベストセラーになりました。この本は研究の中身を書いた本というよりはノーベル賞レースの裏側であるドロドロした人間関係を描いた暴露本と言ってもいいようなもので(週刊誌の暴露ネタよりは随分高級なお話ですが・・・(^^) )、研究の内容が解らなくても楽しく読める本です。)ノーベル賞という、誰かが受賞してしまえばその分野で重複受賞する事がない最高の栄誉を誰が手にするかというレースの中で起きる、人間の本性丸出しの競争の裏側を描いています。研究の世界って非常に狭い世界で、協力と競争の微妙な間で複雑な人間関係が交差するので、実はドラマとしては格好の場なんだな・・・って改めて思います。(その事を知り合いに話したら「そりゃ・・・狭い世界のドロドロした人間模様ってスタジオのセットも少なくて済むし、ロケにも行かなくていいし、安い制作費で奥様達の心をがっちりつかめるんだからテレビ局には都合のいいドラマだね。その点、大河ドラマなんてお金かかって仕方がないからNHKくらしか作れないでしょ」って言ってました。そうか、そんな現実もあるのか・・・^^;)

 

 

私は大学の医局を辞めてもう十数年になるのでその世界からは全く無縁になったのですが、最近ある用事があり、大学時代の先輩に連絡を取りました。その先輩はまだ大学の医局に所属しており、このドロドロした世界を現役で突っ走っている訳なんですが、「ここだけの話やけどなぁ・・・」って事で教授選の裏話を聞いて、もう目を丸くして驚きました。まるで白い巨塔の話を地でいくようなドラマがそこにはあったようです。「絶対に他では言うなよ・・・」って口止めされて9るので、この通信に内容を書けないのが残念・・・こんな面白い話なのに・・・(^^)。(ああ、誰かに言いたい・・・! 興味ある方には今度こっそり教えちゃいますね・・・^^;) 大学という世界は教授とそれ以外は天と地ほどの差があると言われているので、教授になる為にはもう色々な努力が影でされますし、時には対立候補を落とすための画策もされたりする訳です。山中先生も大変なんでしょうねぇ・・・そんな世界にいて、しっかり成果も出すなんて。特に基礎って研究するにはかなりの費用が必要なんで、予算を下ろしてもらう為にも相当な政治力が必要なんじゃないかなぁ。研究費支給の審査の面接をした人が、山中先生の迫力に感心したという話もありますが。私なんかは小さなクリニックを運営しながら、自分の信念だけで自分の考える地道な研究に打ち込める事はある意味幸せなんだな・・・と思います。勿論、大きな研究施設がある訳でも研究費の助成がある訳でもないですが、自分に与えられた役割を認識してしっかりそれを果たして行きたいと思います。明日こそ良い結果がでる事を信じて・・・。