第7回 (2003年10月) 「ホクロ切除のA to Z ~悩めるジミ男を救え~ 」

  

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こんにちは! 異人館通クリニックの柴田です。
急に涼しくなって秋らしくなりましたね。秋はお洒落を楽しめる季節。「きれい」を追求して、ファッションと共に美肌作りにも念を入れましょう。
ところで、みなさんは男性の身だしなみを気にされますか? 私は結構 気にする方だと思います。清潔でセンスのいいスーツなどを着こなしている方というのはお話していても気持ちがいいですし、自分にも心地よい緊張感が生まれます。女性が日々こんなにも「きれい」に向けて努力しているのですから、男性にも相応の気配りをして欲しいですよね。
ところが世の中には、そんな女性の思いにまるっきり無頓着な男性も多くて…。今回登場するY君は、その代表格みたいな人です。

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Y君は大学時代の友人の友人。私は病気だらけの母親を治そうと医学部に行ったのですが、本当は理学部に行きたかったので、隣の大学の宇宙物理のゼミに出入りしたり、天文同好会に入ったりしていました。その関係で医学部以外の友人も多いのですが、Y君は理学部の中でも特にまじめな学生でした。
Y君から久しぶりの電話がかかってきたのは一ヶ月前。最近では年賀状のやりとり程度しかしていなかったので少しびっくり。

Y君 「あ、あの…ごめん、電話なんかしたりして…」
柴田 「別に謝ることないやん。でもどうしたん、急に?」
Y君 「あの、N君に聞いてんけど、開業したって…」
柴田 「うん。もう去年のことやけど。N君に最近会ったの?」
Y君 「う、うん…。あのー…、えーと…」
柴田 「もー、相変わらず要領得えへんなあ。早よ言いたいこと言いーな」
Y君 「ご、ごめん…。あの、無理やったらええんやけど、ホ、ホクロって取ってもらえへんかな?」
柴田 「ホクロ?うん、いいけど…でも、どういう風の吹き回し?」

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私がちょっと驚いたのは、彼はそういうことを気にするタイプの男性ではなかったからなのです。

彼は学生時代、牛乳瓶の底の様な黒ぶちめがねにボロボロのジーンズ、チェックのカッターシャツといういでたちで、よく言えば朴とつ、悪く言えば「まじめだけがとりえのダサいやつ」の代表みたいな人でした。「持久走同好会」という地味~な同好会に入っていて、人はいいのですがめちゃくちゃ気弱で、もちろん女っ気はまるでなし。しかし本人はそういうことを全く気にする様子もなく、黙々と好きな物理の研究に没頭していました。いまも確か物理の研究室に残って相変わらず地味~な研究生活を続けていると聞いています。

Y君 「い、いや、僕はどっちでもいいんやけど、教授が…」
柴田 「??? どうして教授がY君にそんなこと言うわけ?」
Y君 「あ、あの、そのままじゃちょっと支障があるから取れって」
柴田 「ホクロが? 物理の研究に?」
Y君 「いや、その、そういうんじゃなくて…じ、実は、お見合いを…」
柴田 「お見合い? Y君お見合いするの?? すごいやん!」
Y君 「あ、いや、僕はその、教授がどうしてもしろって…」

聞き出したところによると、いつまで立っても女っ気のないY君に対して教授が気を利かせ、知り合いの娘さんとのお見合いをセットしてくれたそうなのです。それで、ついでに以前から気になっていた鼻の横のホクロも取ってしまえ、という話になったのだとか。

そういうことなら私の出番です。彼の地味~な生活に終止符を打つためにも、一肌脱いであげようじゃないか。というわけで、それから数日後に彼はクリニックにやってきました。足首の見えそうなスラックスに、「金閣寺」と大書きされたTシャツを着て。

Y君 「あの~…やっぱり切らなあかんの?」
今まで怪我とか手術には無縁だったというY君は不安そうにしています。
柴田 「そりゃまあ、ね。だってY君、ホクロ取りに来たんでしょ?」
Y君 「そうやねんけど…ほら、レーザーとか、切らんとホクロ取ることできるんじゃ…」
柴田 「う~ん…まあレーザーは流行りやけど、『切る』と『焼く』の違いやからね、実際は」
Y君 「(目を白黒させて)や、焼く?」
柴田 「え?Y君、ホクロって消しゴムみたいに『消す』もんやと思てたん?」

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Y君と同じように、レーザー治療というものを誤解している人というのは案外少なくありません。
ホクロとは、母斑細胞というメラニン色素を作る細胞が増加してできる、色素性母斑の小さなものを指すのですが、レーザーはこうした細胞を「消す」のではなく「焼く」ので、皮膚に穴が開いてしまいます。また、肌を焼くので当然痛みもあり、メスによる切除と同様、麻酔も不可欠です。だからレーザーは「痛くない」とか「痕が残らずきれい」というように考えるのは正しくありません。傷痕のことを考えるのなら、むしろメスの方がきれいに早く治ります。ガラスでスパッと切った傷の方が、やけどよりきれいに治ることを考えればわかりますよね。

それに、ホクロは母斑細胞が真皮まで根を張っているので、レーザーでは取り残しや再発のリスクが高いのです。また、ただのホクロの様に見えていてもまれに悪性であることもあり、その場合はレーザーで焼くなど腫瘍内を傷つけると転移(他の部位に腫瘍=癌がとぶこと)を促進するので危険です。ホクロの周囲を少し離して取り残しのないように切除するのが一番安全な方法です。

私のそういう説明を聞くと、Y君は困ったように言いました。

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Y君 「そうかあ…そしたら間に合えへんかも知れへんなあ…」
柴田 「え? Y君、もしかしてお見合いっていつ?」
Y君 「えっと、確か29日の土曜日って…」
柴田 「ちょっと、そしたらもう一ヶ月もないやん。何ぼーっとしてんの」
Y君 「あ、いや…だからレーザーとかなら早いかな、て思って…」
柴田 「そういうのを、ぼーっとしてるて言うねん。レーザーで穴開けたら、埋まるまで半年から一年はかかるねんから。それに、そんな大きなホクロはレーザーじゃ無理、無理。大きな穴が残って、お見合いどころやなくなるよ。(ただでさえカッコようないねんから…。 )」  …柴田心の声。

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Y君 「…そしたら、切ったら三年ぐらいかかるん?」
柴田 「さ、三年て…どーゆー計算してんの??」
Y君 「…いや、レーザーで一年やったら、切ったら三年位かかるんかな思て…」
柴田 「そやから、レーザーよりメスの方が早い、て言うてるやん。何回同じこと言わすねんな。切って縫ったら抜糸は一週間から十日。ダーマボンドを使ったら三日ぐらいで抜糸できるし、少々濡らしても大丈夫。Y君どんくさいから傷濡らしそうやし、ダーマボンド使った方がええんちゃう?」

以前のクリニック通信でもダーマボンドについては紹介していますが、これは皮膚用の透明な接着剤で、通常ホクロの手術後に使用する茶色いテープ(27ミリまたは20ミリ角)よりも遥かに目立ちにくく、ある程度は水に濡れても大丈夫、というメリットがあります。さらに、抜糸を早めることができるため、傷口がよりきれいに治るというすぐれもので、当院でも活躍しています。

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Y君 「そ、そんなぽんぽん言わんでもええやん…。わかった、そしたら切ってえな」
柴田 「そんなすぐには切られへんよ。まず血液検査してからでないと。それと、このホクロ、最近大きくなったりしてない?」
Y君 「あ、え~と、そう言われれば最近ちょっと大きくなったような…でもなんで?」
柴田 「まれにね、ホクロには悪性の場合があるんよ」

そう言いながら、私はY君のホクロを改めて観察しました。
ホクロの多くは良性のものなのですが、まれに区別のつきにくい悪性腫瘍や、最悪の場合はメラノーマ(悪性の癌)である場合もあるのです。特に、形が非対称だったり境界線が曖昧だったり、あるいは直径が七ミリを超えていたり、一年以内に大きくなったりしたものは要注意。

柴田 「う~ん…見かけは大丈夫っぽいけど…大きくなってきたんやったら、念のためにちょっと周りを大きめに切っとこか」
私がそう言うと、Y君はとても悲しそうな顔をしました。
柴田 「こら、男のくせに、ホクロ切るぐらいでそんな顔するんやない!」
Y君 「う、うん…」

そういいながらもY君は、相変わらず雨に打たれた猿のように、しょげ続けていました。普通の患者さんは女性でも平然としている人が多いのに、何というやつ。

結局その日は血液検査をして、それから三日後に再びY君に来院してもらい、ホクロの切除を行いました。
幸いにして術後の経過は順調で、三日後には抜糸をしてダーマボンドに切り替えました。どうやらY君は、術後は汗をかくなとか、傷を濡らすなとかいう私の注意をまじめ~に守ったようです。ダーマボンドに切り替えるまでは、まじめに京都から毎日通って来ましたし…。

(そうそう、術後に汗をかいたり傷を濡らしたりすると、化膿して治りにくくなり、ダーマボンドも貼れなくなってしまうのです。特に鼻の横など脂っぽいところは要注意。化膿しかけると、毎日消毒に来なくてはならなくなってしまいます。その点を考えると、ホクロの手術は夏よりもこれからの季節の方がいいかもしれませんね。)
傷跡の赤みが引くのは2-3ヶ月かかる人もいるのですが、それも意外と早く引き、お見合いの直前にはほとんど目立たなくなっていました。それと同時に、やぼったい感じのしていた顔も随分とすっきりと見えるようになり、経過を見せに来たY君も上機嫌。

Y君 「し、柴田さんさ、僕、これでお見合いうまくいくかな?」
柴田 「さあねえ。ホクロ以外のことは私、責任取られへんから」
Y君 「そ、そんなあ…」
柴田 「あはは。まあ、多少なりとも男前は上がったんやから、自信もって行ったらええやん。それと、持久走の話はせん方がええよ」
Y君 「え? な…なんで?」

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…さて、その後、切除したY君のホクロを病理検査に回した結果、悪性になりかけていた、ということが判明しました。まさかと思いつつ、大きめに切っておいてよかった…と冷や汗をかきながら胸をなでおろした私。Y君の哀しげな目にほだされなくて良かった。危ない、危ない。
Y君も私の説明を聞いて、「レーザーにしなくて良かった…!」と、びびっていました。(ホクロは単に美容上の問題だけではなく、こういう「悪性」の危険があるからこそ、当院ではレーザーではなくメスによる切除をしているのです。)
そしてY君のお見合いがどうなったかと言えば…結果から申し上げますと、見事に失敗。さすがに本人もいささかショックだったようで、先日来院した時も、たった今リストラを言い渡されたサラリーマンみたいに暗~い顔をしていました。

柴田 「そんな顔せんときよ。お見合いは失敗したけど、命は助かってんからええやん」

そう言いながら彼のいでたちを見ると、ジーンズに黒いワニ皮ベルト。う~ん、次からは服装の指導もした方がいいかなあ。

柴田 「ちゃんと話は弾んだん? 相手を退屈させたりせえへんかった?」
Y君 「いや…あんまり弾めへんかったなー…。あ、ホクロの話だけは盛り上がってん。ちゃんと柴田さんのことほめて、ここの住所と電話番号教えといたよ」

柴田 「あ、ありがと。でもY君の携帯番号とかも、ちゃんと教えたんやろね?」
Y君 「え? あ…忘れた…」

私はずっこけました。何しに行ったんや、おまえは…!