第201回「大往生」

こんにちは! 柴田エイジングケア・美容クリニックの柴田です。早いもので、もう今年も終わりに近づいてきましたね。皆様は今年はどんな年でしたか? 私はと言えば…人生節目の60歳となり、クリニックの移転から始まっていろいろな事がありました。先月このクリニック通信をスペインで書いていた時に日本に上陸した台風19号は甚大な被害をもたらし、多くの方が亡くなってしまいましたね。心よりご冥福をお祈りいたします。

実は、スペインにいた私にもこの台風の影響はありました。今年95歳になった父が肺炎で入院し、スペインの学会前は落ち着いていて主治医にも学会中は大丈夫と言われていたので旅立ったのですが、学会中に急変して亡くなってしまったんです。すぐに帰国しようとしたんですが、台風の影響で飛行機が全然ありません。仕方なくお通夜と葬儀の日を延ばしてもらい、関空からお通夜直行となったんですが、姉から時差関係なく電話がかかりまくってきて学会どころではなくなってしまいました。おまけに葬儀の日を変更したため姉の旦那と姪が予定を変更させられたと機嫌が悪いので、旦那と姪、姪が会う予定だった友達の分までお土産を買って来いと言われる始末。バタバタしてスペインまで行った気がしませんでした。帰国時にも飛行機が遅れたため最短の方法を考え、関空から伊丹空港までバスで行ってそこからタクシーで池田の通夜会場へ。大変な学会になりましたが、久しぶりに伊丹空港から池田に向かい、昔伊丹が国際空港だった頃、海外から帰る時はいつも父が空港まで車で迎えに来てくれていたのを思い出しました。

 

 

しかしこの一件では、人の情けをしみじみ感じる事もできました。まず葬儀のために予約を快く変更してくださった患者様。心より御礼申し上げます。そして、大学関係者の葬儀では香典は辞退するのが最近は普通なのですが、感傷的な姉は人の気持ちは受け取りたいと言い、香典を受け取るのなら受付に2人は立って欲しいと葬儀屋さんに言われたけど受付を頼める人がいない…と学会中に国際電話が。学会の合間に勤務医の頃に仲良しだった看護師さんや幼なじみに頼んでみると、彼女らは快く引き受けてくれ、忙しい仕事の合間にお通夜と葬儀の受付をしてくれたんです。そして大学の医局を離れてもう15年以上経ちますが、昔仲の良かった後輩に一応連絡してみると、彼が整形外科同門会(大学の整形外科出身の先生全体の会)全員に訃報を伝えてくれて、思いの外たくさんの先生から献花や弔電をいただいて驚きました。さらに大学の卓球部の後輩にも連絡してみると、やはりたくさんの先生たちが献花や弔電を送ってくれて、みんな覚えてくれてたんやなぁ…としみじみ。父も喜んでいた事と思います。さらに驚いたのは、卓球部の後輩や、整形外科の後輩たちが仕事の後で京都から池田までお通夜に駆け付けてくれた事。大学卒後は35年になり、整形の後輩を教えていたのも20年以上前ですし、まさか来てくれるとは思っていなかったのでびっくりしましたが嬉しかったです…。

 

 

なんだかしんみりした話になってしまいましたね…。ただ、父の場合はもう95歳でしたし大往生と言ってもよく、人生を幸せな状態で終える事ができたので、本来はお祝いをするべきなのかもしれません。以前インターネットの記事で外国人が「日本に来て一番驚いた事は何ですか?」という質問に、「知り合いのお葬式に行った時」と答えていて印象的でした。その方はアメリカ人だったのですが、元ブッシュ大統領のバーバラ夫人が亡くなった時のお葬式のビデオを引き合いに出して「92歳で大往生したバーバラ夫人は第41代大統領夫人、そして第43代大統領の母としてアメリカで最も有名な女性の一人です。そして彼女が亡くなった時の葬儀は、彼女が無事天に召された事を称えてまるでお祝いのパーティのような雰囲気で、招待客は談笑しあちこちで笑い声が上がっていました…」というビデオと共にそのエピソードを紹介していました。もちろん、不慮の事故などで若くして不幸な亡くなり方をした場合は日本と同じく悲しみに暮れるという事ですが、彼が出席した日本のお葬式はいわゆる「大往生」タイプだったにも関わらず、最初から最後まですすり泣きとお経が響き、来ている人達は普通の会話も憚るような雰囲気であった…と書いていました。

 

 

まぁ流石に私の父のお葬式はそこまでしめやかではありませんでしたが、確かにお越しいただいた皆さんが冗談を言って笑い声が響くというような事はありませんでしたね。私自身も過去にそのようなお葬式に出席した事はありません。その記事では「死」に対する捉え方の違いについても述べていて、ある意味興味深いものでした。

私は以前は大きな病院の勤務医をしていましたので、病棟の中ではほぼ毎日と言っていいほど、どなたかが亡くなるという事もあり、ある程度日常的に「死」に対して接していたので一般の方の感覚とは少し違うかもしれません。私は勤務医時代は整形外科医でしたが、正直言って小児科の医師には尊敬すると同時に同情を禁じえませんでした。やはり子供さんが亡くなる時は、その場に立ち会わなければ正確には分かりませんが、どれだけ大変な状態になるかは想像もつきますし、何度もそのような修羅場の話を聞きましたので、その時は正直言って「小児科でなくてよかった…」と思ったほどです。

 

 

一方で整形外科は基本的に患者さんの多くはお年寄りです。そして整形外科で治療するけがや病気は直接的に死とつながる事は比較的少ないです。(骨折が原因でそこか化膿してしまい、感染症になって亡くなるなどの稀なケースはありますが、骨折だけで死ぬというような事は大事故でない限りあまりありません。)ただし、入院患者の方は当然というか、老人の方が多くなります。そうなると若い人のように骨折が治ったらすぐに退院…というような事はなく、大抵の場合他にも色々な病気が併発している事があって、まぁ、ご家族は大変だな…と思う事が多々ありました。長い時は数年に渡りそのような状態が続くので、最後にお亡くなりになった時はご家族の皆様から「先生、長い期間ほんとにお世話になりました」と挨拶されるのですが、その表情は明らかに「悲しみ」より「安堵」が漂っています。それは身近でその様子を見ていると責める事は決してできず、私も「本当に良かったですね…」と言ってあげたい気持ちになった事が何度もあります。そのような経験をしているからか、私の中では「死」の事を考えないように「回避」するのではなく、正面から向き合って「準備」すべき…という考えが強くあります。理想はなんと言っても死ぬ間際まで元気で大往生、いわゆる「ピンコロ」(ピンピンコロリ)ですね…。

 

 

その意味で私の父は、ほぼ私の理想とする生き方であったと言っていいと思います。今年のお正月までは元気で一人暮らしをしていましたし、最後までボケずに毎月クリニック通信を楽しみにしていました。ただし、これって意外に難しいんですよね。まず肉体的に健康を維持するのって、かなり自分が強い意思を持って節制をして、養生しなければなりません。でも残念ながら食事一つをとっても「体にいいもの」って結構な確率で「美味しくない」のです。(いわゆる年をとってから健康にいいと言われる食べ物はそうですね。若い時は焼き肉でもハンバーガーでも何でも好きなものをお腹いっぱい食べてもいいんですが、年をとると流石に自制しないといけない事が多いです。)私の大好きなマーフィーの法則の中に「快楽の法則」というのがありますが、曰く「人生で楽しい事は、違法であるか、反道徳的であるか、太りやすい」との事…。う…ん、なんだかその通り!

そう言えば父は小食で全く太っていなくて、お酒も飲まずタバコも吸わず、毎朝ゴルフの素振りとウォーキングをし、88歳までゴルフをしていました。太らない事と運動を続ける事が長生きにつながる事は抗加齢学会でも盛んに謳われています。(私も少しお酒を控えて運動をせねば…。)

 

 

そして、もっと難しいのが「心の健康を維持する」って事です。年をとると心の健康と体の健康は密接に結びついているというのは多く研究で証明されています。結局、人間って社会性のある動物なので、「誰かに必要とされている…」という状態こそが健康を維持する秘訣みたいですね。その点、私の父はまさにそうだったと思います。定年退職してからも、母や姉・姪の面倒をずっと見ていて、それが生きがいになっていましたから…。

そして人の前に積極的に出て接する、人に見られているという状態にある方が心の健康を維持できるのは言うまでもありません。私が美容皮膚科の枠にとらわれずにアンチエイジングという分野に積極的に関与していくと決心したのも、「最後まで健康で生きて大往生するにはどうすればよいのか?」というテーマへの取り組みからでもあります。今回父が大往生した事で、その取り組みがまさに今自分にとって必要な事なのだと改めて決意を固くした次第です。

 

 

ところで、お通夜に来てくれた大学の卓球部の後輩はダブルスを組んでいた子で、自身も先月手術を受けて体調の悪い中来てくれたのでお通夜に遅れた私とは会えませんでしたが、学生時代試合の時にうちの実家に泊まって試合会場まで父が車で送ってくれた事を覚えてくれていて、

「お優しいお父様、阪神高速を素晴らしい運転で抜けて試合会場まで送ってくださった楽しい思い出を懐かしく思い出し、とても残念に寂しく思います。でも、先輩やお姉さまがいらして御長寿で素晴らしい人生を全うされたのだと思います。お通夜の会場に素敵な写真をたくさん置いておられるのを拝見しました。先生とご一緒に優しい笑顔でいらっしゃるお写真がたくさんあって素敵でした。駅までの道で又従弟さんと一緒になり、お父様がとてもお優しかった事を話すと、『本当にいつもとっても優しいんですよ!』とおっしゃっていました。きっと今も先生の事を優しく見守っておられる事と思います。お辛いと思いますが、大変お疲れと思いますのでなるべくお身体お休めになりますように。体調を崩されませんようにご無理なさらないようにしてくださいね。ご冥福を心よりお祈り申し上げます」

という暖かいメールをくれました。

 

 

整形外科の後輩たちは手術後に来てくれたので遅い時間になったため、久しぶりの再会を果たす事ができました。後日「この度はお父様のご逝去に接し、心よりお悔やみ申し上げます。先生には新入医局員時代、神戸海岸病院時代共に大変お世話になり、心から感謝しております。先生にお会いして是非お声をかけさせていただきたいとOと2人で話し、弔問をさせていただいた次第です。遅い時間となってしまい、申し訳ございませんでした」「こんな際でしたが、久しぶりに先生とお会いできて良かったです」というメールももらい、何十年経っても恩を忘れずにいてくれたんだと感激しました。
東京のK氏からもお悔やみのメールをいただきました。K氏には最近のストレスの愚痴と共に、スペインで学会なんてあまりないのでこれを逃したら一生行けないかもという話もしていたので、「お父様、逝っておしまいになったのですね。ご愁傷様です。ここのところ続いていたストレスの発散を兼ねて先生が行きたがっておられたスペインですから、お父様はそれをふまえて、最後頑張られたのだと思います。ありがたいですね。長時間のフライト等でお疲れのことと思います。何卒、健康を損なわれませんように。少し落ち着かれたら、東京でお父様ご追悼のお食事会を催しましょう」という優しいメールをくださって、父の追悼会もしてくださいました。多くの人に支えられている事を父が再認識させてくれた気がします。

今回は私の個人的な父の大往生の話ばかりで大変恐縮です。ただ、来年もそういう恩を忘れず、感謝の念をもって皆様に恩返しができるように頑張ろうと思いますので、何卒宜しくお願い致します。